第1章 始まりから大混乱

第1話 転生したことに、いまさら気づきました!

 真っ直ぐな眼差しに、温和な笑み。さらりとしたミルクチョコレート色の髪の毛は清潔感にあふれていて、正に攻め受けどちらにもシフトチェンジできそうな主人公そのものだ。

 俺的には、受けちゃんの時の方が好きなんだけど、でも攻め様の時もかっこよくて捨てがたいんだよなぁ……って、はあっ!?


「まじ……かよぉ……!?」


 見覚えのあるその姿が目に入った途端、俺は思わずトイレに逃げ込んだ。




 どうしよう。の前に、どういうことだと思うべきか。俺は混乱の残る脳みそをフル回転させる。ここは俺の生きている現実だけど、本当はそうじゃない。普通に十六年も何も感じずに生まれ育ってしまったが……ここは、俺がシナリオライターとして一キャラ分担当したビーとエルなゲームの世界だった。

 状況を整理すると、どうやら俺はゲームのリリースを目前にした同僚とのプチ打ち上げ――前夜祭的な?――のあと、その同僚と一緒に酔っ払ったまま、どうにかなってしまったらしい。

 俺の記憶はそこまでだ。


 え? どうなったのかって? 俺が知るか。気づいたらこの世界に生まれて、普通に俺がシナリオ組んだ攻略キャラとかと交流して、転生に気づかないままこの年齢になってたんだ。

 俺の目が覚めたっていうか、俺の前世だと思われる記憶がハッキリしたのは、そのゲームの主人公、つまりプレイヤーキャラと遭遇したからだった。


 鏡をしっかり確認する。

 少し桃色がかったストロベリーブロンドの髪に、メイン攻略キャラに似た顔立ちをしている。うん。どこから見ても、見覚えがある。俺は……攻略対象キャラの中でも特殊なやつ――つまり、隠し攻略キャラに転生していた。


「……えぇ、マジか。いや、マジだな。っていうか、はぁ? 何で俺? むしろどうしてこいつになった?」


 頬をむにむにとつまみ、ぐにゃっと歪ませながら鏡に映る自分を見つめる。この隠しキャラ、一緒に飲んでた同僚がシナリオを担当していたんだよな。だからか?

 因みに俺は、ちゃんと攻略キャラルートのシナリオを担当させてもらっていた。って言っても、最後のメインキャラだけどな!


 “レピのペタロ”っていう、社員一同が「やめた方が良い」と言ったにも関わらず決まってしまった謎タイトルのBLゲーム。レピは鱗、ペタロは花びら、日本語にしても意味が分かんない。っていうか、どうしてギリシャ語にした? ネーミングが謎すぎる。

 略してレピペタ――制作スタッフも噛みがちだから、噛んでも恥ずかしくないぞ――は、ドラゴンの末裔だと言われる王族との結婚を目指すゲームである。

 告知用のページに書かれているあらすじは、こうだ。




 ここは、伝説が今も生きているギルドレイク王国。

 竜の血が混ざっている王族や高位貴族には、その体に逆鱗が埋まっている場合がある。その逆鱗には心から愛する相手と番になり、子を成せるようにする不思議な効果がある。

 その結果として、性差が関係のない高位貴族には同性同士の婚姻関係が多数成立していた。

 しかしこの逆鱗。機能するようになるには時間がかかる。よって、逆鱗持ちは、逆鱗が機能するようになって初めて結婚相手を探すのが通説であった。


 王子の結婚相手探しが始まったと聞いた人々は、人格者である彼の番になりたいと立候補した。立候補した人間の中から資格のある人物だけが集められるところから、物語は始まる。

 家柄と学力、容姿、素行などを主な基準として集められた人間の、次期王妃(もしくは王配)を巡る戦いが幕を上げる!

 共同生活をし、交流するだけの日常を与えられた彼ら彼女ら。そこは一見花園のようで、しかし欲に塗れたバトルが潜んでいるのだった。


 主人公であるあなたは陰湿ないじめをうまく回避し、あわよくばそれを調停し、周囲の人望を集めていきましょう。そして、王子との交流を深め、配偶者の地位を掴んでください。

 王子を諦める選択をするのもまた、一つの道です。王子の護衛や、この争いに興味のない貴族子息と交流し、絆を深めていくことも可能です。後悔のない交流をしていきましょう。

 ――とまあ、こんな感じだ。


 攻略キャラは合計で五人。

 攻略対象キャラその一は、アルバート・ヘンリー・ギルドレイク。

 キラッキラの王道まっしぐらのスパダリ王子。攻め様として彼を攻略すると、すんげースパダリっぷりを発揮してくれてキュンキュンしっぱなしキャラになる。

 その一方で受けちゃんとして彼を攻略すると、意外と自信のないヤンデレ予備軍みたいな可愛いけど困ったちゃんなキャラになる。


 攻略対象キャラその二は、ブライアン・スカイラー。

 これまた王道まっしぐら。王子様の脇を固める騎士の卵だ。攻め様として彼を攻略すると、束縛激しい系になってドキドキしっぱなしなキャラになる。受けちゃんとして彼を攻略すると純真そのものの天使みたいなキャラになる。俺はこの、天使っぽさが好きだ。彼が主人公に抱かれるシーンとか、マジで「これが天国……」って思ったもんな。


 攻略対象キャラその三は、ショーン・ラーク。

 真面目そうに見えて実は……っていう変化球だ。攻め様の時は純粋ぐいぐいキャラ、受けちゃんの時は小悪魔系の「主人公ったら、悪い人に捕まっちゃった」みたいな展開になって、一粒で二倍楽しめるお勧めキャラだ。


 最後の攻略対象キャラが、ジェスロー・キーラン。俺がシナリオを担当したんだけど、これは癖強めだ。なんと、悪役令息だ!

 彼は攻め様の時にはヤンデレ、受けちゃんの時はツンデレになるんだけど、どっちの時でも女装プレイができる。え? 特殊性癖じゃないかって? うるさいな。上司のオーケー稟議が通ったから良いんだよ。

 彼は初め、主人公やその友人を陰湿に虐めてくるんだけど、これをうまくかわして調停するとルートに入ることができる。めんどくさいから、隠しキャラだと思われがちだけど、こいつは普通の攻略キャラだ。

 ヤンデレ感を出すのに随分苦労したし、悪役令息を本編中で攻略させるなんて、シナリオの難易度も高すぎる。他のキャラとシナリオの長さを揃える必要もあるから、バランスを考えるものかなり大変だった。

めちゃくちゃ思い入れがある。


 そして隠し攻略キャラ。ヒューイ・ジャーヴィス。

 この隠し攻略キャラは攻略最難関だ。出すのも面倒、攻略も面倒。まじ、鬼畜。っていうのも、図書館で会う攻略キャラ以外と仲良くし続ける必要があるからだ。

 ルート分岐しない程度に三人の好感度を上げつつ、隠しキャラの攻略に励む。かなり忙しい。悪役令息のクソ面倒臭いイベントをこなしてからじゃないと出てこないから、「選択肢を間違えたらやり直し」と社内では言われていた。

 ……セーブデータ使えばいいんだけどな。

 で、このキャラは攻め様の時は包容力MAX頼りがいのある人で、受けちゃんの時は天然愛されキャラだ。

 ――これが、今の俺。

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