【BL】逆鱗が導く俺の恋 ~転生先が愛され隠し攻略キャラだったんだけど!?~

魚野れん

プロローグ

いつの間にかボーイ・ミーツ・ボーイしてた(相手から一方的に)

「前世も今も、俺はお前のことが好きだ」

「俺…………」

「気づいていないって、分かっていたさ」


 前世では仲の良かった同僚、今世では戦友のような友人だと思っていた人物からの告白に、俺はどう反応して良いのか分からなかった。

 ただ、金魚みたいに無駄に口をぱくぱくさせるだけで、まともな言葉一つ出てこない。


高臣たかおみがただの腐男子で、二次元に夢中で、俺のことなんて眼中にないって思っていたから……ただの同僚でいられたんだ」


 俺は遼一りょういちのことを、何一つ理解していなかったのかもしれない。頼りがいがあって、面白くて、一緒にいると楽しい。それしか考えていなかった。

 相手がどんな気持ちで俺を見ているかなんて、考えもしていなかったんだ。

 それは、転生後一緒に育ったアルバートやブライアン、ジェスローから特別な感情を向けられていたのに気づかずにいたことから、薄々自分の他者への感情の機微の疎さを感じてはいたけれど……まさか、彼もだなんて思うわけがない。

 これで、ショーンもそうだとかだったら笑えない。


「大昔に出会って惚れ込んだお前と会社で再会した時……俺がどれほど奇跡を感じたか、分からないだろう?」


 遼一――いや、今はユーゴか――が自嘲する。

 大昔に会っていた……という話は前世で聞かされたことがある。「だから先輩後輩ではなく同僚になりたい。できれば友人になりたい」と遼一に言われたのだ。

 あの時はピンと来ていなかった。忘れてて申し訳ないなーとか、そんな風に思ってくれて嬉しいなーとか、ありがたいなーとか、そんな感じだったんだ。

 きっと、当時の遼一は俺の反応にがっかりしたことだろう。本当に今更ながらに申し訳ない気持ちが込み上げる。


「――あの日、俺たちがこの世界に転生するきっかけになったあのサシ飲みの夜。ダメ元で、告白するつもりだった。アルコールの勢いを借りて……なんて、駄目だと思ってたけどさ」


 俺はいまだにあの日の夜、何が起きたのか思い出せていない。その謎が少しだけ明らかになる。


「俺が全ての元凶だ。俺があの時、告白なんかしようとしなければ、事故に遭うこともなかった」

「……」


 そうか、俺は告白されようとしていたのか。きっと、今の俺みたいな……変な反応をしてたんだろうな、と前世の自分を想像する。


「告白しようとした俺と何かが起きることを察したお前。二人とも、自分たちに向かってくる暴走車に気がつかなかったんだ」


 暴走車に跳ねられて死に、転生する――ありきたりな転生方法だ。でも、覚えていない方が良いのかもしれないとも思う。痛いことは、覚えていない方が幸せだろうし。


「車に跳ねられて空を飛んでる瞬間、思ってしまったんだ。俺があのゲームの主人公みたいな容姿をしてして、スマートな立ち振る舞いができたら……お前も振り向いてくれたんじゃないかって」

「な……」

「最低だろ? そんなことしたって、結局中身は俺でしかないし、お前だって転生しても変わらなかった」


 遼一の言葉を聞いても最低だとは思わなかった。確かに、転生前の記憶の有無は関係なく、ほとんど転生前と同じ思考をしている気がするけど、それとこれは関係ないと思う。

 これは、俺が俺だから、そうなったに過ぎないんだと思う。


「俺は、転生して物心ついた時から前世の自分を認識していた。だから、ゲームの舞台であるこの場所へたどり着くため、ひたすら努力した」


 遼一がユーゴとして努力している間、俺はいったい何をしていた? 俺は、前世のことをすっかり忘れてヒューイとしてのんびり過ごしていた。

 俺の行動は、遼一からの気持ちをないがしろにしていたのではないだろうか。俺と彼の気持ちは別物だし、相手の考えや気持ち寄り添うかどうかだって、自由で良いはずだ。

 だけど、今、俺は目の前の男の気持ちに寄り添えていなかった自分のことが大嫌いになりそうだった。


「ヒューイが今、攻略キャラたちからの感情をぶつけられていて困惑してるっていうのに、追い討ちをかけるようにして、ごめん」

「いや……その……」


 向けられた感情たちに、俺が動揺せずに過ごせているかと聞かれれば、動揺していると答えるに決まってる。


「でも、やっぱりお前が誰かと幸せになるのは嫌だ」

「……遼一」


 前世の名を呼ぶ声が掠れた。ユーゴの強い眼差しがヒューイを射抜く。ヒューイのシナリオでは、ユーゴの視線にヒューイがときめくシーンがある。これはまさに、その状況だった。


「俺……まだ、全然……いや、全然っていうか、その……うまく言葉が出てこないんだけどさ……」

「うん」


 俺の言葉を待とうとしてくれる優しさに、自分の感情を押し付けようとしない彼の忍耐強さに、俺の胸がきゅうっと締めつけられる。


「俺、遼一の気持ちだけじゃなくてユーゴの気持ちも……どっちも大切にしたい、と思ってる」

「ありがとう」

「すぐに結論が出せなくて、中途半端な返事しかできなくて、ごめん」


 俺はずるい。泣きたくなってきた俺の気持ちを察してか、そっとユーゴが抱きしめてきた。その優しさに甘えてしまう俺が、嫌だ。


「――でも、安心していいよ」

「……うん……?」


 思いの外、軽い声が降ってくる。


「絶対にお前、俺のことが一番だって思えるようになるから」

「……は?」


 涙が引っ込んだ俺が見上げれば、朗らかな笑顔のユーゴがいる。


「ここまで真剣に悩んでくれているなら、あと少しだと思うんだ」


 どういう自信?


「ヒューイとして生きてきたお前が、高臣と同じように絆されやすく育ってくれて嬉しいよ」

「えっ!?」


 ユーゴは優しく俺の涙の跡を拭いながら目を細めた。あ、これ……攻めの主人公の顔だ。


「それに、ゲームの主人公は俺だ。お前は高難易度の隠し攻略キャラ。お前は俺に、ただ攻略されればいいのさ」

「…………うわぁ、メンタル強すぎ」

「俺は、他の攻略キャラを攻略するつもりはない。お前が良いんだ。安心して俺に攻略されなよ」


 一旦小さく引くことで俺の関心を奪ってから、グイグイと攻め込んでくる。手練すぎる。


「お前のそれ逆鱗、俺の為に使わせてみせるから」

「……っ!」


 ヤバい。ガチだ。俺は自分の鎖骨にある逆鱗を隠すように押さえた。服で隠れているけど、念の為だ。うん。


「可愛いよ、俺のヒューイ」

「ま、まだお前のじゃないからっ!」


 俺が苦し紛れにそう反論すると、ユーゴは前世の遼一がよく向けてくれたのと同じ笑顔で笑った。

 ……うん、これは時間の問題かもしれない。負けの香りを強く感じながら、俺はそっとため息を吐いた。

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