第43話 新たなる素材を求めて
ポプラが葉を落とし、木枯らしが肌を刺す。療養所の暖炉に火は灯っているけれど、換気のために少し窓を開けているから手がかじかんでしまう。俺が担当している重傷者専用の療養所は冷える。
元々は床に布団を敷いて患者を寝かせていた。ベッドを準備する費用がなかったし、床に寝かせた方が多くの患者を収容できるからだ。けれど、多くの重傷者を受け入れてしまったので手が足りず、不衛生な環境を作ってしまっていた。
国が多額の補助金を出してくれたので、療養所の環境を整備した。ベッドの方が手当しやすいし、プライバシーも確保できるし、何より衛生的だ。
だけど、隅々にまで目を行き渡らせるには部屋を区切るわけにはいかない。小さな暖炉の熱は隅々にまで行き渡らない。患者さん達は厚い布団にくるまっているから、これくらいの温度で快適なのだろうけれど、働いている俺達は寒い。
ジローは患者さん達の汗を拭いたり、背負ってトイレに連れて行ったり、甲斐甲斐しく仕事を手伝ってくれている。回復した患者さんからもらった割烹着を着て。何故かフリルが付いているんだけど……。
命の危機に面している者には干しプルーロやミノタウロスの乳で作った落款を食べさせ、そこまで行かない重傷者にはジュールを施したトメリのジュースを飲ませている。だが、トメリの収穫期は終わってしまった。瓶に残った僅かばかりのトメリを手に、俺は唸る。
「なぁジロー、
「あうぅ……」
困ったように唇を尖らせるジロー。そうだよな。ジローの情報源は出会った人の頭の中。俺に知識が無けりゃジローも分からないよ。作戦会議を開こうにも、ゴンザもジャスパーも忙しくて時間が取れない。
『身体の不調があれば必ず診療所で診断を受けなければならない』というふれが出てから、診療所は毎日長蛇の列が出来ている。
コツコツと、背後の窓を叩く音がした。振り返り、俺は身体を仰け反らせて驚いた。
「フ、フレイヤ様!?」
窓の外で、フレイヤ様がニコニコ笑って手招きしている。フレイヤ様は
慌てて外に走り出るとフレイヤ様の他にもう一人、恰幅の良い女性が立っていた。紺色のワンピースに白いエプロンを身につけている。二人の後ろには馬車が控えていて、御者が大きな木箱を降ろしている。
「紹介するわ。彼女はエミリーと行って、王宮の炊事係なの。農家の出身でね、野菜にとても詳しいのよ」
「お、恐れ入りますメディシアン様。エミリーと申します」
エミリーは恐縮したように、お団子頭をぺこりと下げた。御者が二人の前に木箱を置き、蓋を開ける。
「わー! すごい!」
「あううー!!」
俺とジローは同時に声を上げた。一抱えもある木箱一杯に野菜が詰まっていた。どれ一つ同じ物は無い。白くて細長い根菜や、黄緑色の葉物野菜。木の枝みたいなのはゴンボルだな。アクが強いけど美味しいんだ。
「なんだ、これ?」
思わず手に取ったのは、巻き毛みたいな形の野菜だ。綺麗な紫色をしている。
「これは、ブルクロというものです。小さな粒は花の蕾なのです。茹でるとほくほくしてとても美味なのです」
「これ、私も大好きよ。形も可愛いし」
蕾だという粒はいくつかの房に分かれている。まるで小さな木が集まる森のようだ。手の平からジンジンエネルギーを感じる。
「ターラー!」
ジローが目をキラキラさせてブルクロを指差す。
「これが、トメリの代わりになる野菜?」
問いかけにコクコクと頷いた。それから木箱の前にしゃがみ込み、ゴソゴソ中を漁る。エミリーも隣にしゃがみ、ジローが手にする野菜を解説し始めた。
ブルクロをサーチしてみる。紫色の色素の組成は、トメリの赤い色素ととてもよく似ていた。身体の火事を消し、毒を打ち消す効果だ。これから花を咲かせる野菜なだけに、房には強いエネルギーがある。傷付いた五臓六腑を回復させる力も持っている。
「それとね、大量のコクロを運ぶように手配してあるの。
「フレイヤ様! 大正解です! コクロには食品の力を高める力があります! コクロの粥に茹でたブルクロを刻んで混ぜましょう! そうすれば病人にも食べやすい!」
フレイヤ様の手を握ってブンブン振る。捲し立ててからハッと我に返り、後ろに飛び去った。
「た、大変な無礼を! 申し訳ありません!」
身体を折り曲げるように頭を下げると、フレイヤ様はクスクスと笑った。
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