第42話 謁見

 ジュールをほどこしたミノタウロスの乳とプルーロのフルーツオレによって、シャルル殿下は命を取り留めた。体中に広がっていた火事は消え去り、毒は外へ排出された。ミノタウロスの乳には尿を増やして毒を外に出す作用があるんだけど、その成分は熱に弱いので、加熱せずすりプルーロ果汁とミックスしたんだ。


 残りのミノタウロスの乳は、ジャスパーの提案通り乾酪にし、プルーロは干して保存が利くようにしよう。謁見の間で国王陛下を待ちながら、これからするべき事を考えていた。


 シャルル殿下を治癒した褒美に、謁見したいと申し出た。庶民の俺が国王陛下に謁見を申し出るなんてとブツクサ従者が言ったけど、フレイヤ様が「早く手配しなさい」と叱りつけると、一目散ですっ飛んでいった。鶴の一声って奴だな。


「勿体ぶってないで、早く来て下さい。お父様」


 フレイヤ様に手を引かれ、国王陛下がやってくる。俺は片膝をついて頭を下げているけれど、一段高い所に据えられた椅子に座ったのが音で分かった。ジローは俺の斜め後ろで同じポーズをとっている。粗相しなければ良いけどと、ちょっと心配。


「顔を上げよ、メディシアンのタイラー。此度は第一王子の命をよく救ってくれた。礼を申す。して……、願いとは何じゃ?」


「は」


 俺は一度深く頭を下げてから、顔を上げる。太い眉をしかめた国王陛下の横に、髪を整えたフレイヤ様が立っている。水色のドレスに身を包んだその表情には、大きな覚悟が浮んでいる。


 俺はゴクリと唾を飲み込んでから、口を開いた。


「王都には朱殷熱レグアの毒が蔓延しております。その毒から人々を救いたいのです。どうか、お力を貸してください」


 国王陛下は、茶色の口ひげをへの字に曲げた。


朱殷熱レグアは薄汚れた貧民がかかるもの。貧民は税金もさして納めぬし、町を汚す。朱殷熱レグアは王都のゴミである貧民を掃除してくれるありがたい病だ。放っておけば良い」

「恐れながら、申し上げます。朱殷熱レグアは既に貧民に留まらず町中に蔓延しております。現に、シャルル殿下もフレイヤ殿下も毒に傷つけられました」

「私のは……。自業自得なんだけど……」


 チラリと舌を出したフレイヤ様に向かって、俺は首を横に振った。


「違うのです、フレイヤ様。朱殷熱レグアの毒は身体に入って症状を現すまでに一週間ほどかかるのです。フレイヤ様が療養所に入った時には、すでに毒は身体に入っていたのです。ユリアさんからうつったという訳でもありません。恐らく、庭に飛んでいる蚊が、感染源ではないかと」

「そ、そうなの……?」


 フレイヤ様の顔がさっと青ざめていく。


「だったら、火あぶりにされる理由なんて、無かったのに……」

「お、憶測でそのようなことを申すな!」


 フレイヤ様に嫌悪の目を向けられ、国王陛下の額に汗が滲む。フレイヤ様は七段ある緋色の階段を駆け下り、俺の横に立った。


「ジロー、お父様にあの映像を見せて。この人に口でいくら説明しても、分からないのよ」

「な、何を申す……」

「石頭の偏屈ジジイ! その目で現実をご覧なさい!」


 国王陛下に向かって舌を出す王女フレイヤ。こんなことして、良いのかよ。お父さんって言ったって、一国の王だぜ?


 当の本人達より狼狽えている俺の手を、フレイヤ様は掴んで立ち上がらせた。そのまま王の傍まで引っ張られていく。


 国王陛下のゴツゴツした甲の上に俺の手が強引に乗せられた。国王陛下は口の中でうなり声を上げ、身体を仰け反らせる。俺も、驚いてフレイヤ様を振り返った。彼女は真っ直ぐに国王陛下に視線を向ける。


「目を閉じていてください、お父様」


 有無を言わさぬ声に、国王陛下は渋々と言った感じで目を閉じた。フレイヤ様は振り返り、ジローに向かって大きく頷いた。


「あう」


 ジローはキリリと顔を引き締めて頷き反す。直後ジローが俺の背後に立った。ええ、国王陛下の前であれやんの?


 抵抗する間もなく、俺の視界は閉ざされる。


 次に現われた光景は、前に皆で手を繋いで見た光景とほぼ同じだった。汚れた王都の道や、走り回るネズミ、毒を媒介する害虫たち。


 その後に現われたのは、閑散とした町だった。耕す者を失って荒れ果てた田畑。売る物がなく閉じた商店の並ぶ都市部。嘗て裕福だった人々が路上で物乞いをしている。王宮は荒れ果て、給仕をする者のいないテーブルには、水と米しか乗っていない。


 やがて、海に敵国の旗を掲げた軍艦が現われる。……これは、ハイドから読み取った思考かも知れないな。


 そこで、映像は終わった。俺は慌てて手を離し、後方へ下がって片膝をつく。国王陛下は、青ざめた顔で唇を震わせていた。フレイヤ様は腰に手を置いて、その顔を覗き込む。


「これで分かったでしょ。朱殷熱レグアを放っておいたらレンヴット王国は滅んでしまうのよ。この冬が勝負よ。全力を挙げて私が進言したことを成し遂げてください!」


 国王陛下は溜息をつき、背もたれに身体を預けた。


「承知した、フレイヤ。そなたの言う通りにしよう。しかし……」


 首を大きく振りながらそう言った国王陛下の口元に、微笑みが浮ぶ。


「グレイスに似てきたな、フレイヤ」

「そうなの? じゃあお母様は、とびきり素敵な女性だったのね」


 フレイヤ様は片目を閉じて、そう言った。

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