第39話 それぞれの役割

「驚いたなぁ。さすが半獣」


 しんと静まりかえった部屋に、ハイドの拍手が響き渡る。どこかしらけたその音で、顔を上げたり目をぱちくりしたり、みんなそれぞれの方法で現実に戻って来た。


「今のは、何なのでしょうか」


 ジャスパーがハイドと俺を交互に見た。説明を求められても、俺もよく分かっていない。ただ言えるのは、ジローの意思をはっきり知るにはこの方法しか無いって事。手を繋いだら共有できるのは、今知った事実。


 ジローは得意げに尻尾をパタパタ振っている。


 ハイドがピンと人差し指を立てた。


「恐らく、ジロー君の能力は感応系なんだろうね。出会った人の頭から情報を読み取るんだ。それを統合し、解釈する」


 ジローの耳がピンと立ち、尻尾がぐるぐると回った。はぁーという感嘆の溜息が聞こえる。


「ただ、ジローから相手に一方通行ではないんだ。伝えられた相手とエネルギーをやりとりする必要がある。頭に噛みつくのは、脳に近い場所でエネルギー交換をするためさ。手を繋いでエネルギー交換の輪を作れば情報を共有できる」


 なるほどな。うんうんと頷きながら、俺は牢獄で見た夢を思い出した。あれもジローが伝えた事なんだろう。でも、あの時俺達は身体のどの部分も触れあっていなかった。


「頭に噛みつかなくても情報を伝えることは出来る。でも、かなり消耗するんだ。だからしばらく召喚の器に戻ってエネルギーを補充しなければならなかった。長い夢だったからね、結構大変だったみたいだよ。消滅する寸前だったんじゃないかな」


「ジロー……」


 ジローは尻尾をパタパタ振りながら俺に笑顔を向けている。


「ジロー、ごめん。本当に、ごめんなさい」

「たーらー」


 牢獄の床や、額に押し当てた鉄格子のひんやりとした感触を思い出し、胸が詰まる。ジローは俺の手をギュッと握ってにっこりと笑う。俺もその手を握り返した。


 ジローの事を疑ったりしない。何があっても、信じる。二度と背中を向けたりしないから。


 ジャスパーが小さく右手を上げた。


「と言うことは、今みたのは朱殷熱レグアの毒が伝わるルートなのでしょうか」

「恐らく。各々が頭の中で何らかの考察をしているはず。そういった情報をジローは全て受け取り、解釈し、毒が伝播するルートを導き出したんだろうね」


 ジャスパーの言葉にハイドが頷く。ゴンザが静かに立ち上がる。


「毒の伝達ルートが分かれば、とるべき手段は明白じゃ。一つは患者の発見と隔離、その治療。もう一つは、動物や虫による伝達の遮断じゃ」

「ネズミや蚊、ノミを消滅させるなんて、できるのかな……」


 思わず弱音を吐いてしまう。ジャスパーも困った顔で頷いた。


「簡単なことだわ」


 凜とした声でフレイヤ様が言う。


「さっき映像を見たでしょう。そこに答えがあったじゃない。まず町の衛生環境を見直しましょう。王都では道に出した排泄物を賤民が回収しているけれど、もしかして朱殷熱レグアのせいで賤民が減り、回収が追いついていないのではないかしら」

「その通りですよ、お姫様。久しぶりに王都に来たら、あんまりにも汚くなっていて驚きました」


 ハイドが頷く。


「俺の故郷では、肥だめで肥料を作っていたよ。地域ごとに処理場を作っていたんだ。田舎で人口が少ないから、出来たことかも知れないけど」

「田舎に出来ることは、王都でも出来るはずよ。その方法を試してみましょう」


 俺の言葉に、フレイヤ様がきっぱりと頷いた。どうやら俺は物事を後ろ向きに考えてしまう癖があるらしい。フレイヤ様は俺とは真逆で、「出来ない」と考えずに「絶対やりきる」と決意するんだ。すごいよな。


 フレイヤ様はつんと尖った鼻先を俺から皆の方へ向けた。


「蚊やノミの対策で、良い方法はありますか?」


 ジャスパーが手を上げる。


「蚊は、やはり除虫菊の線香が効きます。稲は水を張らなければ栽培できないので、田んぼは蚊の繁殖場所になります。しかし、主食が米である以上田んぼをなくすわけにはいきません。ならば、人間が蚊を避けるしかないでしょう」

「そうだわ」


 フレイヤ様がパチンと手を叩く。


「ミントを畦に植えたら良いわ。ミントは害虫を遠ざけるらしいの。ミントは茶にも出来るし、虫刺されの薬にもなる。畦で生産物が出来ればお金にもなるし、一石二鳥ね」

「それは良い方法ですが、もう秋ですから次年度の対策ですね。ノミの対策はどうしましょうか。ノミは身体や衣類や住居の清潔を保たなければなりませんよ」


 微笑みながらハイドが言う。フレイヤ様は口をへの字に曲げて、考え込んでしまう。俺は、前にハイドから聞いたスパの話を思い出していた。


「スパと洗濯場を無料開放できたらいいんだけど。ハイドさん、スパの女将魔人が今どこにいるのか、知らない?」


 ハイドは微笑んで首を傾ける。


「占えば分かると思うけど?」

「なら、連れてきて王都に温泉を掘って貰おう」

「でもさ、スパの建設はすぐには出来ないよ。それまで、どうするんだい?」


「国がスパの経営者に補助金を出すわ」


 またもやきっぱりとフレイヤ様が言った。ハイドは軽く口笛を吹く。


「勇ましいお姫様だ」


 茶化した口調で言ったので、フレイヤ様は頬をムッと膨らませた。反論のために口を開いたけど、ゴンザがパンパンと手を叩き、注目を集める。ゴンザは俺とジャスパーを指差した。


「では、役割分断じゃ。療養所は、もう一つ設けよう。わしがここで朱殷熱レグアの患者を診察し、軽症と重症に分ける。軽症患者の療養所はジャスパー、重傷者の療養所をタイラーが担当し、治療に当たるのじゃ。ハイドはどうせ、王都では表だって働くことは出来んじゃろ? さっさと旅立ちスパの魔人を連れてきておくれ」


 ゴンザはフレイヤ様に向き直り、片膝をつく。


「勇敢な王女フレイヤ様。フレイヤ様には重要な役割をお願いしたい。一つ目は、些細な体調不良であっても診療所で診断を受けること。二つ目は、地域ごとに排泄物の処理所を作り、道に出すのは禁止とすること、三つ目は除虫菊の線香を無料で配布しいつでも焚けるようにすること。四つ目はスパと洗濯場を無料開放するので身の清潔を徹底すること。この四つのふれを出すよう国王陛下を説得して頂きたいのです」


 フレイヤ様は立ち上がり、ゴンザに向かって頷いた。


「分かったわ。療養所の手伝いをしようと思ってここへ来たけれど、私には私にしか出来ない役割があるって言う事ね」


 ええ! フレイヤ様、看護婦の真似事をする気だったのか? 俺はあんぐりと口を開けた。


「この冬が勝負じゃ。冬になれば蚊もノミもいなくなる。冬の間に朱殷熱レグアの毒を封じれば、来年の夏はミントや環境整備の効果で流行を抑えることが出来るじゃろう」


 ゴンザが真っ直ぐ前を向き頷く。白い顎髭がふさりと揺れ、ジローの尻尾もそれに応じるみたいに揺れた。

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