第37話 王都の現状

 ジローは草色のチュニックを着て俺の横に座り、パタパタ尻尾を振っている。フレイヤ様は白ーい目で俺達二人を見ていた。もしかしたら変な誤解、されたのかも。俺は視線を明後日の方に向け、こめかみをポリポリ掻いた。


「さて。我々は王女殿下、メディシアン、半獣という強い味方を得た。これから、如何にして朱殷熱レグアを撲滅すべきか、作戦会議を開く」


 ゴンザが立ち上がり、軽く咳払いをしてから言った。ゴンザの背は小さかったが、真っ白な口ひげから推測される年齢の割に背筋がしゃんと伸びている。


「先日療養所に行って、病人があまりにも多いから驚いたのだけど、実際王都にはどれくらいの患者がいるのかしら」


 毅然とした表情でフレイヤ様が問う。この子十四歳のくせにめっちゃくちゃ堂々としてる。王女様って、もっと世間知らずで弱々しいイメージだったんだけど。


 ジャスパーが手を上げる。


「療養所は定員を二十人と定めていますが、実際その倍の人数を収用しています。運ばれてくるのは重傷者だけですが、治療を受けないまま死んでいく者の方が多いでしょう。農村部に暮らすものの半数は病に冒されていると推測しています」

「農村部から発生した、と考えて良いのですね。それが、都市部に向かって広がっていると?」


 ジャスパーが首を横に振る。


「基本的には、農村部から町の郊外、そして都市部へと広がっています。王都の外側から内側へ、ということです。しかし、乳母様が罹患したように、都市部に突然集団発生すると言う事例が散見されます。都市部に暮らす方々は、普段から栄養を蓄えていらっしゃるので重症化しにくいのですが、子供や老人、持病を持った者や妊婦がかかると、やはり八割方死に至ります」

「……ユリアも咳をしやすい体質だったものね……」


 フレイヤ様は顔を伏せ、ぽつりと呟いた。しかしすぐに毅然と顔を上げる。


「都市部以外の被害は、どれほどなのですか」

「栄養失調気味の者ほど、重症化します。修道院で施しを受けている貧民や賎民の多くは、既に命を落としました。郊外に住む、生産を生業とする民達で発症者の六割、農村部は八割が命を落としています」

「そのせいで、田畑は荒れ放題。収穫量が減って、今度は税金を納められずに処刑されたり、飢えて死んじゃう人が続発するだろうね。王都は来年以降食糧難に見舞われるだろう」


 口を挟んだハイドを、フレイヤ様は睨んだ。


「それは、予言なの?」


 ハイドは首を横に振る。


「いいえ、現状を踏まえた予測ですよ。食料だけじゃない。鍛冶屋が倒れたら剣を作る者がいなくなって国力は低下する。大工がいなけりゃ壊れた城壁の修理も出来ない。……国王陛下は、朱殷熱レグアが流行れば風紀を乱す貧民がいなくなって丁度良いくらいにしか思っていない。それよりも如何にこの島国の隅々まで産業を行き渡らせるかってことしか頭にないんだ」


 フレイヤ様がムッと口をへの字に曲げた。反目している間柄とは言え、王女殿下の前で国王陛下の悪口を言うなんて命知らずな。俺は慌てて口を挟む。


「でも、国王陛下は長きにわたる戦争を終わらせた英雄だよ。きっとなにか対策を考えていらっしゃるよ」


 ハイドが声を上げて笑う。


「戦争を終わらせたのは、グレイス様のお知恵があったからだよ」

「お母様の……?」


 身を乗り出したフレイヤ様に顔を向け、ハイドは頷いた。


「そうですよ、王女様。あなたのお母様は国の参謀が務まるくらいの賢者でいらっしゃいました。結婚当初から国王陛下にアドバイスをし、影で国を動かしていたんです。偉大な方でした。国の隅々まで産業を行き渡らせ、国を豊かにするというのは、グレイス様が理想としていた国のあり方で、国王陛下はそれを忠実に守っていらっしゃるのですよ。……盲目的に」


 ハイドは唇の右側を少し持ち上げた。僅かな角度の変化だったけれど、そこには強い侮蔑が乗っかっていると分かる。フレイヤ様は唇を噛みしめた。


「そういうことだったのね。私、お父様の政策に兼ねてから疑問を持っていたの。余りにも現状を無視しているんじゃないか。王都に目を向けず、外にばかり気が向いて……。このままでは、足元である王都が機能を失ってしまう。そうなれば、クーデターだって起きかねないわ。そんなゴタゴタが起こったら、他国が好機だと攻めてくるかも知れない。折角訪れた平和な世が、乱れてしまう」


 フレイヤ様は唇をキュッと引き結び、顔を上げて眼差しに力を込める。


「私が王都を救います。必ず」


 俺達の顔を一人一人、時間を掛けて見つめていく。


「どうか、私に手を貸して下さい」


 その後で、頭を下げたのだ。たった十四歳の王女殿下が強い決意を口にして、平民である俺達に頭を下げる。ドンと強い力で胸を殴られたみたいな衝撃を感じた。長い金髪をひっつめた頭を、俺はただただ見つめた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る