第35話 目覚めた姫の言葉

 シェリーグレイスの実は、煎じるととても綺麗な青い液体になる。その液体でコクロをふやかし、ミノタウロスの乳と合わせたら、淡い水色のムースになった。その中に、半透明のプルーロを丸くくりぬいて散りばめる。これ、湖の泡をイメージしてるんだ。

 

 ムースの上にシェリーグレイスの実と薄くスライスしたプルーロの皮を散りばめた。プルーロの皮は蜂蜜とあえてとろりとさせている。シェリーグレイスの実はナッツみたいに食感のアクセントにもなる。ブルーと金色が、早朝の湖とそこに広がる朝焼けの空みたいに見える、と思う。


 料理ってさ、見た目が大事だと思うんだよな。特に女子は、可愛い食べ物だとテンション上がるじゃん。フレイヤ様が元気になるようにって、願いを込めてるんだぜ。


 フレイヤ様はベッドに身体を起こしていた。相変わらず表情は無く、無機質な視線をただ前に向けている。でも、食事を取れるようになったせいか、血色は随分良い。


 フレイヤ様の横で、国王陛下が憮然とした表情を俺に向けている。


「今度こそ、効果のあるものを持ってきたのだろうな」

「はい。全力を尽くしました」


 俺は盆を頭の上に捧げ、頭を垂れる。


「食べさせてみよ」


 眉間に皺を寄せたまま、国王陛下が言った。俺はもう一度頭を下げ、フレイヤ様の元へ向かう。


 触れられるくらい近くに行くと、急に緊張してきた。艶を取り戻した肌が、一層彼女の美しさを引き立たせているせいかもしれない。


「フレイヤ様、どうかお召し上がりになってください」


 シェリーグレイスの花によく似た薄紅色の唇に、匙を近付ける。唇が機械仕掛けのように動き、水色のムースを含んだ。


 唇を閉じ、もぐもぐと咀嚼する。二三回そうしてから、飲み込む。喉の辺りに淡い桃色の光が生まれ、胸の真ん中まで落ちてすうっと広がっていった。


 フレイヤ様の瞳が微かに動いた。サファイヤのように青い瞳に、湖面に映る星みたいに小さな光が宿る。その瞳が、俺の手元に向けられる。


 布団に隠れていた手が動いた。白い手が俺の方に伸び、ガラスの器に触れる。俺はその手に用心深く器を渡した。


 両手がゆっくりと器を受け取る。水色の器を顔の前に持ち上げる。フレイヤ様の視線が、器に向けられる。


「綺麗ね」


 フレイヤ様の口元に、うっすらと笑みが浮んだ。しばらく器を眺めた後、それを降ろし、今度は匙を手に持つ。


 自ら一匙ムースを口に運ぶ。目を閉じてゆっくりと味わい、飲み込み、満足そうな息を吐く。


 それから彼女は、時間を掛けて丁寧にムースを味わった。


 国王陛下が、目を見開いてその様子を見つめている。食事を終えたフレイヤ様は、器を俺の方へ差し出した。器を受け取りながら、溢れそうになる涙をぐっと堪える。


「美味しかったわ。とても可愛いデザートね。あなたが作って下さったの?」


 問いかけの部分は、不明瞭な声になった。国王陛下が彼女を引き寄せ、強く抱きしめたからだ。


 フレイヤ様はきょとんとした顔で父親の抱擁を受け止めていた。


「良かった。良かったフレイヤ。意識を取り戻してくれて……」


 泣きむせぶ国王陛下に抱擁されたまま、フレイヤ様は不思議そうな顔をしていた。しかし、徐々にその瞳は大きく見開かれていき、激しい感情が浮かび上がる。


 浮かび上がった感情は、怒りだった。


「私に触らないで!」


 フレイヤ様は手を上げ、国王陛下の胸を強く押した。国王陛下は後方へバランスを崩し、たたらを踏む。従者が慌てて国王陛下の体を支えた。屈強な国王陛下をよろめかすとは、フレイヤ様はなかなか力がお強いようだ。


「人殺し! ユリアにあんな酷い仕打ちをするなんて!」


 フレイヤ様は国王陛下に向かって叫んだ。国王陛下は困惑の表情を浮かべている。


「し、しかし、あの者は宮廷に病を持ち込みお前の命を危険にさらしたのだぞ」

「違うわ! 私が勝手に療養所まで出かけていって、病を貰ったのよ。自業自得なの。私の意見を聞きもしないで火あぶりにするなんて、人間のする事じゃないわ!」

「そ、そんな……」


 タジタジと眉尻を下げる国王陛下。一国の主でも、愛娘には手も足も出ないんだな。言われ放題じゃん。ま、確かにいきなり火あぶりはないよなぁ……。


 フレイヤ様はこちらに顔を向けた。怒りを隠し、威厳ある王女の表情を装う。


「そなたが私を救ってくれたのか? 名を何と申す?」


 俺は地面に片膝をつき、頭を垂れる。


「メディシアンのタイラーと申します」

「メディシアン!?」


 驚きの声が俺の言葉に被さる。


「顔を上げなさい。あなた、本当にメディシアンなの? 病を癒やせるのね? だったら、朱殷熱レグアを何とかしてちょうだい。王都を脅かす病を、撲滅して欲しいの」

「フ、フレイヤ……」

「お父様は黙ってて!」


 娘に怒鳴られた国王陛下は、シュンと両肩を下げた。

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