第34話 再チャレンジ

 何度衛兵に「しつこい!」と怒鳴られようが懇願し続け、もう一度だけ施術させて貰えることになった。もし失敗したら、俺も処刑されるんだってさ。そんな簡単にメディシアンを処刑しちゃうなんて、国王陛下は何考えてんだろうな。


 ちょっと腹が立ったけれど、崖っぷちに立たされた俺は不思議なくらい心が凪いで、神経が研ぎ澄まされていた。やるしかないって、腹を括ったわけだ。


 ジローと俺を結ぶ召喚の器を失うわけにはいかないし、王都の行く末を思ったらゴンザの命をここで散らすわけにもいかない。


 幸い、食材は鍵のかかる保管庫に収められ、無事だった。俺は安堵の息を吐いて、コクロの入った巾着袋や、プルーロの入った蓋付きの籠や、ミノタウロスの乳の入った樽をテーブルの上に並べる。そして、ジローが摘んだシェリーグレイスの実も。


 一つ一つ、サーチを施していく。


 コクロ。小さな粒の穀物だ。手の平にのせ、もう片方の手で包み意識を集中する。


 内側に入ると、土の匂いを感じた。大地のエネルギーを身のうちに蓄える、力のある穀物だ。そう言えばコクロは、荒れ野に生る。王都は稲作が主流だが、未だにコクロが田に生えてくるらしい。コクロは稲よりも背が高く、稲に影を作ってしまう厄介な存在。見付け次第刈り取られて処分されてしまう。


 この力が共に調理される食材の力を引き出し、バランス良く調和させるのだ。全ての薬効を高める存在として、あえて栽培して良い、価値のある植物だ。


 土の匂いのもっと奥に進んでいく。すると、キラリと光るものが見えた。金色の鎖のようなもの。不安や恐怖から身を守り、平穏な精神に導く力。こんな力が合ったのかと驚く。


 この力、熱を加えると溶けて消えてしまうんだ。穀類は火を通して食べるから、見過ごされていたのかも知れないな。この成分は水に浸すと溶け出して、ぷるんとした形状になるようだ。


 プルーロは金色の皮に少し皺が寄ってしまっている。鮮度が落ちてきた証拠だ。鮮度が落ちたら栄養価も落ちる。調理を急がなければ。


 プルーロには傷付いた精神を回復させる効果がある。これは種に近い程成分が多くて、熱に弱い。


 二つの食材のサーチを終え、なんだか悲しい気持ちになって天井を仰いだ。コクロとプルーロのミルク粥。ガンガンに火を通して、必要な栄養素全部駄目にしてんじゃん。よく考えたらさ、すりおろしてジュースにするって方法もあったのにさ。


「いやいや、へこたれてる暇、無いから」


 俺は頭をブンブン振る。次はミノタウロスの乳。ミノタウロスの乳は、謎が多い。そりゃそうだよな。雌のミノタウロスの母乳だからな。普通は土下座したって絞って貰えない。ミノタウロスの乳入手、もしかしたら史上初じゃね? 俺。


 俺は樽の蓋を開ける。


「え……」

 そして、愕然とした。


 ミノタウロスの乳が、固まっていた。


「く、腐った?」


 慌てて樽に頭を近付け、匂いを嗅ぐ。悪臭ではないけれど、酸っぱい匂いがする。絶望感が胸に迫る。日中はまだ汗ばむほどの気温だ。保管庫は締め切っていて熱が籠もるし。乳が腐るのも、当然か……。


「ルーロ、ごめん。折角搾ってくれたのに……」


 呟いて俺は、指先を乳に浸した。乳は粘りを帯びて固まり、表面に半透明の水分が滲んでいる。指についた乳は、酸味の中にも僅かに甘い香りを残していた。


 指先を口に入れてみる。


「!!」


 口の中に、衝撃が走った。


「めっちゃうめー!」


 思わず叫んでしまう。何だ、この爽やかな酸味と豊かなコクは……。


 水道で手を洗い、乳を器に掬う。とろーりと匙から白い粘液がこぼれる。俺はそれに、手を翳した。


「成る程ね……」


 思わず唸る。


 乳の形状を変えたのは、別の小さな生物だ。つまり、発酵。そのお陰で、乳に元々あった成分の働きが活発になっている。


 乳の形状を変えた生き物は、腸に巣食う生物ととても良く似ていた。こいつ等と人間は共存関係を築いていて、良い働きをしてくれるものと悪影響を及ぼすものがいる。良い働きをする生物は、身体をあらゆる毒から守ってくれる。ってことはこれ、万能薬になるんじゃないか?


 滋養強壮、骨を丈夫にする力、毒の繁殖を抑え外に流し出す力。さすがに子供を成長させるものだ。素晴しい栄養と効力に溢れている。


 栄養の海に潜るように、俺はどんどん内側に潜っていく。


 やがて、温かい光を見付けた。それは、シェリーグレイスの実にあったものと、とてもよく似ている。


 サニエルの成長を願う、親の愛。

 優しい気持ちになれる、温かな力だ。


 ――タイラー。

 

 ふと、俺の名を呼ぶルーロの声が聞こえた。


 ――私の乳がタイラーの役に立つといいね。この子が救われたように、タイラーの救わんとする者達が救われますように。


 俺は顔を上げ、唇を噛みしめた。ルーロは願いを込めて、この乳を搾ってくれた。ルーロの愛情がくすぐったくて、嬉しくて、涙が溢れてくる。俺は腕でゴシゴシと顔を擦った。


 コクロ、プルーロ、ミノタウロスの乳、シェリーグレイスの実。


 全て「気」を強くする愛情パワーに満ちあふれた食材だ。そのパワーを最大限引き出し、活かした形で調理する。


 俺は固く拳を握った。

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