第26話 いらだち

 ゴンザの姿が闇に消えてしまい、話し相手がいなくなったので、俺も仕方なく薄っぺらい布団に横になった。牢獄の中を閃光が満たし、ジローが犬になる。背中にふわふわとした毛が触れる。


「あっちいけよ、暑苦しい」


 俺が言うと、ジローはキューンと喉を鳴らして離れた。牢獄の中はそんなに広くないから、二人が横になると身体のどこかは触れることになると思う。ジローの身体、でっかいし。けれど、ジローの毛一本俺の身体には触れなかった。俺は鉄格子に身体をピッタリとくっつけていたし、ジローは多分壁に身体をくっつけている。


 正直、ジローの温もりが欲しかった。石畳の床に薄いゴザを敷いただけだから底冷えしたし、鉄格子は冷えた空気を遮ってくれない。オマケにジメッと湿気ていて、凄く不快だ。


 でも俺は、ジローに背中を向け続けた。


 固く目を閉じてみたけれど、眠れるような気はしない。俺は、毛を逆立てたハリネズミみたいにピリピリ苛立っていた。


 俺の診察には、見落としがあった。ゴンザとの会話でその現実を突きつけられたのだ。ブラドを使えないゴンザの方が、正確にフレイヤ様の状態を診ていた。


 最初の診察で俺は、フレイヤ様の「気」が弱っていることに気付かなかった。そもそも、「気」を診ることなど念頭になかった。身体の異常ばかり見て、心の状態を無視していたのだ。


 ゴンザの言う通り、消えてしまいそうなほど「気」が弱っていたのなら、意識をしてみなければその存在に気付けなかっただろう。プルーロを食べて回復したから、俺は「気」が弱っていることに気付いた。その時だって、「じゃあ最初はどうだったんだろう」という疑問を抱かなかった。


 フレイヤ様の昏睡の原因を突き止められないまま、ジローの伝えたことを盲目的に信じた。なぜ、その食品なのかという疑問を持ち、考察するというプロセスを怠った。果ては「この食材じゃなきゃ駄目なのか?」とジローに確認する始末だ。


 俺のした事は、メディシアンの仕事では無い。ヒーリアンの域にも達しない。冒険の末に珍しい食材を手に入れて、粥を作った。それだけだ。


 母さんの助手をしながら医術を習い始めたのは、六歳の頃。母さんはいつも忙しかったから、俺は孤児と一緒に修道院のシスターに育てて貰った。だから、ずっと母さんの傍にいられるのがとても嬉しかった。


 医術に興味があったんじゃ無い。


 勿論、医術は一生懸命習った。頑張れば母さんに褒めて貰えるから。病気で困っている人を救いたいとか、少しでも病にかかる人が少なくなるようにとか、そんな気持ちは何処にもなかった。


 だから、母さんが死んでしまった時に、あんなに簡単に全てを放棄できたんだ。


 ヒーリアンの子供に産まれた魔人だけど、俺にはきっとメディシアンになる資格はないんだ。


 きっと、きっと……。

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