第25話 牢獄のヒーリアン

 俺とジローは、腕を縄で縛られて牢獄に引っ立てられた。流石に縄はほどいて貰えたけど、牢獄に入れるなんて酷くない? 仮にもフレイヤ様を目覚めさせたんだぜ。意識ははっきりしないけどもさ、一応ご飯は食べるようになったんだから、命の危機からは救ったんだ。褒美を貰っても良いくらいじゃん。


 ジローは牢獄の隅で膝を抱えている。キューン、キューン、と鼻を鳴らす。その音が聞こえるたび、腹の中で火花が散ったみたいになってこめかみが痛む。


「うるさい! 静かにしろ!」


 とうとう俺は怒鳴ってしまった。ジローはくるりと俺に背中を向けた。同情をかいたいのかも知れないけれど、その手には乗らないからな。


「大体さ、お前が指定した食材、駄目だったじゃん! あんなに苦労して集めたのにさ! ……まぁ、効くには効いたけど、効き目が中途半端なんだよ! それに何だよ! 突然グレイス様の庭を荒らして、王様の家来に暴力ふるって! お陰で俺まで牢屋に入る羽目になったじゃん!!」


 一回怒鳴りだしたら止らなくなって、ジローの背中に腹の中にあったものをぶちまける。何を言ってもジローは身じろぎもしない。その背中を見ていたら、心の中がぐちゃぐちゃになって、今自分がどんな感情を抱いているのか分からなくなる。


「お前なんか邪魔なんだよ! この役立たず!」


 足を踏みならしてそう怒鳴る。


 言いすぎじゃない? そんな言葉が浮んで、首を左右に振って打ち消した。


「はっはっはっ! 若者は元気が良いのう」


 向かいの牢獄から笑い声が聞こえた。俺はムッと口を閉じ、鉄格子に顔を押しつけて声の主を睨む。そこには、髭を生やした小柄な老人が立っていた。


「ま、そうカッカしなさんな。怒りは身体に害をなす。ここでは時間があり余っとる。良ければ話し相手になってくれんかの」

「うっせーな。ジジイの相手するほど暇じゃねーんだ!」

「そうかい。何がそんなに忙しいのかの」


 老人が笑う。俺は唇を尖らせた。


「忙しくはない、けどさ」

「ふーん。では、少し話をせんか? まずはお互いの事を知らねばな。ぬしはなぜ、ここに来ることになったのだ?」


俺は肩を竦め、鉄格子に背を預けて胡座をかいた。


「俺はメディシアンでさ、フレイヤ様を目覚めさせるように命じられたんだ。で、色々手を尽くして食材を集め、粥を作った。目覚めるのは目覚めたんだけどさ、意識がこう……、なんて言うかはっきりしなくてさ。そんなゴタゴタした感じの時にこいつが庭を荒らして従者達に暴力を振るったんだ。……それで牢屋に入れられましたとさ。お仕舞い」


 チラリと視線を向けると、老人は顎髭を撫でながら目を細めてこちらを見ていた。


「ほうほう。メディシアンとな。長生きはするものだ、若きメディシアンに出会えるとは何と光栄な。フレイヤ様を目覚めさせるとは、流石メディシアン。わしは無理だと匙を投げたがの」

「匙を投げた」


 俺は身体の向きをくるりと変えて鉄格子を握り、そこにピッタリと身体を付けた。老人はこくりと一つ頷いた。


「わしはヒーリアンじゃ。国王陛下に呼ばれてフレイヤ様を診たのだが、これは目覚めさせるのは無理だと判断した。無理なものは無理だと言っただけなのにの、処刑すると言われたのじゃよ。そして、現在に至る、という訳じゃ」


 ゴクリ、と喉を鳴らして唾を飲み込む。王都には何人かのヒーリアンがいて、年配のヒーリアンは特に腕が良いのだそう。父さんは王都へ行って、その人に弟子入りしろと何度も言った。


「わしの名はゴンザ。もう長いことヒーリアンをやっているが、こんな理不尽な目にあったのは初めてじゃ」


 そう言いながらも、ゴンザは笑う。俺は立ち上がり、直立不動の姿勢で頭を下げた。


「俺はタイラーと言います。スパインピーク出身です。連れはジロー。見ての通り半獣です」

「よろしく、タイラー。半獣とは珍しい者を連れておるな。スパインピークとは、えらく遠いところから来たものだね。……ところで、メディシアンタイラーよ、おぬしはフレイヤ様をどう見立てた?」


 目を細めてゴンザが問う。緊張が全身を走り、思わず拳を握る。


「長く寝ていたので脱水や貧血、栄養失調の症状はありましたが、身体の機能は健全でした。治療食を食べて症状は回復しましたが、気の力がかなり弱くなっています」


 ゴンザは深く頷いた。


「わしも同じ見立てだ。わしには気が弱くなっているどころではなく、殆ど機能していないように感じ取れたがの。して、どのような治療を施したのじゃ?」

「粥を作りました。コクロとプルーロ、そしてミノタウロスの乳を使って。全ての食材にジュールを施しています」

「何と!」


 ゴンザは鉄格子を握って身体をこちらに近付けた。大きな音がしたので、頭をぶつけたのかも知れない。


「コクロはともかくとして、プルーロとミノタウロスの乳とな……。よく手に入れたものだ」


 額を摩りながらゴンザが言う。俺は鼻の下を擦った。


「結構大変でした」

「して、なぜその食材が良いと判断したのじゃ?」

「それは……」


 俺はチラリとジローを振り返る。「ジローが言ったから」って、ちょっと言いにくい。本来は原因を突き止め、それにふさわしい食材を見付けるべきなんだ。でも俺は、その原因を突き止めることさえ出来なかった。


 ゴンザが顎髭をなで、視線を空に向ける。


「殆ど機能していなかった気が『弱くなっている』という状態まで回復した、と言うことであればそれは、プルーロの作用かも知れぬな」

「あ、そうかも」


 俺はポンと手を叩いた。プルーロについては、毒の起こす火事を抑える作用や栄養成分ばかり念頭に置いていたけれど、精神を安定させる作用もあるんだった。


「じゃあ、もっと沢山プルーロをとれば、気は回復するのかも」


 俺の言葉にゴンザは肩を竦めた。


「どれだけプルーロが必要になるのか、見当がつかんの。それよりももっと原因を追及することじゃ。フレイヤ様の気は、なぜそんなにも弱くなったのか。わしには気を回復することは出来ぬので匙を投げたが、おぬしなら何とか出来るのではないのかの?」

「フレイヤ様が気を病んだ原因、ですか?」


 ゴンザが首を縦に振る。それからおもむろに大きなあくびをした。


「さてさて、久しぶりに沢山話をして少々疲れた。わしはそろそろ寝るとする。ここの良いところは、いくら寝ていても困らないと言う事だ」


 ははは、と笑ってゴンザは手を上げ、奥の暗闇へと姿を消してしまった。

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