第20話 グリフォンに花束を

 ルーロは一樽分の乳を俺達にくれた。一抱えもある樽一個分だ。かなりの重量だけど、ジローは軽々と肩に背負った。


 後はグリフォンがくるのを待つばかり。


 俺とジローは池の畔にある花畑に座り、首飾りを編んだ。ジローの指は太くて不器用だったので花摘みに専念して貰い、俺がせっせと編んだ。小さい頃シスターに教えて貰ったことがある。あの時は嫌々作っていたけれど、習っておいて良かった。何が役に立つか分からないもんだな。


 サニーが言う「人生で出会うべき知識」って、こういうのも含まれてるのかも知れないな。本当に何気ない出来事が、後々になって重要な意味を持つ。そんなことがこれから沢山あるのかも知れない。ぼんやりしていたら、見過ごしてしまうのかも知れないなぁ。


 グリフォンの首は太いから、ジローが貰ったものよりも少し大きめに首飾りを編む。緑と赤の首飾り。俺の髪と目の代わりだと思ったら、背筋がぞっと寒くなる。


 出来上がったと空に翳したら、白い雲を大きな陰が横切った。


「ああ、来た来た」


 洞窟の前でルーロが空を指差している。グリフォンが太陽を横切り、滑空してくる。俺に向かって一直線に。


 グルルっとジローが唸り、俺を抱き寄せる。頭をすっぽり抱え込まれ、大胸筋にほっぺたをぐいっと押しつけられた。グリフォンの翼がバサバサと空気を揺らす。威嚇するような鳴き声がジローの背後から聞こえた。


「やめろ! グリフォン!」


 サニーの怒声が聞こえた。


「俺の客人に危害を加えたら、焼き鳥にして食ってしまうぞ!」


 ギャーと一つけたたましい鳴き声を上げ、グリフォンの翼が大きく風を揺らした。その音が少し遠く、穏やかになる。ジローが腕を緩めたので、俺は筋肉の塊から抜け出した。


「あーあ。酷いことするねぇ、あんた」


 駆け寄ってきたルーロがジローの背中を撫でる。背後に回ると、ジローの服が所々破れていた。くちばしで突かれたようだ。幸い筋肉の鎧をくちばしが貫くことはなかったけど、破れた布から赤い傷跡が覗いていた。


「ジロー。俺を守ってくれたんだな、ありがとう」


 背中を撫でると、尻尾がふさふさと揺れる。グリフォンはフンとそっぽを向いた。憎たらしい態度に俺は手に持っていた首飾りを引きちぎりそうになる。だけど、グリフォンの喉が大きく膨れているのを見て何とか思いとどまった。


「持ってきたんだろうね、プルーロ」


 腰に手をやってルーロが言うと、グリフォンは大きく口を開けた。身体を折り曲げて、口の中にため込んでいた金色の果実を吐き出す。八コのプルーロがコロコロと地面を転がった。


 俺はグリフォンに歩み寄り、首飾りを翳してみせる。


「悪いんだけどさ、髪も目もまだ俺には必要なんだ。今回はこれで我慢してくれ」


 グリフォンは瞬きをし、考えるように首を傾げた。


「グリフォン」


 サニーが一歩近付くと、渋々といった様子で首を下げる。その首に、髪と目の色の首飾りを掛けてやった。


「似合う似合う。いいかい、今度この子がプルーロを必要とした時は、黙って分けてやるんだよ。この子はあんたらを殺そうとしなかっただろ」


 不服そうな鳴き声を上げてからグリフォンは翼を広げ、一つはためかせて空に浮かび上がった。


「沢山のプルーロをありがとう」


 遠ざかるグリフォンに向かって、俺は大きな声で叫んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る