第14話 やっぱグリフォンは凶暴でした

 ナシとマールが教えてくれたのはケルン山の山頂付近。南側の斜面にプルーロの木が群生していた。人の背丈ほどの低木で、横に広げた枝には円形の葉が茂っている。艶のある深緑から、黄金色の実がチラチラと見え隠れしている。金色の珠を飾り立てているような華やかな木だ。


 こんなに美しく、瑞々しくて甘く、栄養価の高い果実だけど、目にした人はほとんどいない。おとぎ話に出てくる架空の果物だと思われているくらいだ。


 果樹があるのは険しい山の頂上付近で見付けるのが難しい、と言うのがその理由の一つ。もう一つの理由は、プルーロのそばには必ずグリフォンがいて、何人たりともその実に触れさせないから、というもの。


 でも俺は、二つ目の理由がガセだって知ってるんだ。グリフォンはとっても大人しい奴らなんだぜ。


 斜面に一歩踏み出した途端、空気が揺れる。無数のグリフォンがせわしなく空を旋回し、威嚇するような鳴き声を上げている。


 あれ、前回収穫した時とは、ずいぶん様子が違うな。


 首を傾げていると、一匹のグリフォンが急降下し、すぐそばを通り過ぎていった。風圧だけで鼻がちぎれて飛んでいきそうだ。チラリと見えた爪がやばい。鷲の顔と翼を持ち、獅子の身体を持つ魔獣グリフォン。くちばしで突かれても爪で引っかかれても、致命傷は免れない。


「なぁ、トメリじゃ、駄目なのかな」

「あうう……」


 問いかけると、ジローはブンブンと首を横に振った。


「絶対プルーロじゃなきゃ駄目? 第二候補とか、ないの?」

「あうう!」


 さっきより強く首を横に振るジロー。俺は肩をがっくりと下げる。


 でも、相手は鳥だからな、複雑な動きをするわけじゃない。襲いかかってきたら、その爪を切り落とすくらいできそう。俺は剣に手を伸ばす。殺してはいけないって言われたけど、正当防衛なら仕方ないだろ? 駄目?


「あう」


 ジローが手を伸ばし、柄を握る俺の手を掴んだ。太い眉を寄せ、きっぱりと首を横に振る。やっぱ駄目らしい。正当防衛は、人間だけにしか通用しない法律のようです。


 ジローは自分の首から花の首飾りを抜き取り、俺に掛けた。次の瞬間、ジローの身体が光る。もう大分見慣れた、変身の瞬間だ。成る程、犬化したら首が太くなるから、首飾りちぎれちゃうもんなぁ。ジローは四肢を折り、身体を低くして背中を俺に向ける。


「何? 乗れって事?」


 グルル、と甘えるように喉を鳴らす。俺は漆黒の背中に跨がり、身体にしがみついた。ジローが身体を起こす。馬上と変わらない目線だ。太ももの内側に力を込め、身体を真っ直ぐに起こした。


 ジローが大地をけった。空を飛ぶように跳躍し、着地と同時にまた地面をける。


「あわわわ」


 振り落とされそうになり、慌てて体制を立て直す。ジローは一度プルーロの斜面から離れ、森の中を駆け回った。どうやら、背中に乗る練習をしろということらしい。


 ジローの身体の揺れに逆らわず、体幹でバランスを保つんだ。俺はまず、イメージトレーニングを始める。乗り方は馬と同じで良さそうだけど、ジローの方がはるかに動きは大きくて、バランスを取るのがめっちゃくちゃ難しい。


 でも、なれなくちゃいけない。身体を起こして上半身を自由に使えるようにならないと、プルーロに手を伸ばせないもんな。


 俺、運動神経には自信あるんだ。遊び仲間の中では、俺が一番走るの速かったし、木登りも得意だったし。小さい時から父さんに仕込まれて、馬に乗るのは得意だし。


 うん、この風を切る感じ、結構楽しいかも。


 そう思った時、ジローは高らかに吠えた。


「え、もう行くの?」


 もう一度、高らかに吠える。森の木々が揺れ、小鳥たちが慌てるように空へ飛び立っていく。


「ううう、が、頑張るかぁ……」


 固く目を瞑って大きく息を吐き出してから、鞘に収めたまま剣を持つ。


『刃だけが剣ではない。柄、刃、鞘全てがあって初めて剣と言えるのだ』


 父さんがよく言っていた。鞘を抜かずに戦うことを「剣の内」と言うそうだ。


『相手を打ち負かそうと思うな。邪心が入ると心と体の繋がりが途切れる』


 「剣の内」の話をした時に父さんが言った。俺にはまだその言葉の意味がはっきりとは分からない。「心」「身体」「技」この三つの調和が取れてこそ強くなれる。それが騎士道というものらしい。


 十二歳で医術の学びをやめてから、騎士の修行を始めたけれど、たった二年じゃ何一つ習得できなかった。


 結局俺は、医術も武術も半人前のまま。中途半端な人間なんだ。そう考えたら、苦いものが込み上げてきた。


 ここで逃げ出したら、これから先もずっと中途半端なままだ。そんなの、やだな。


 腹の中に、小さな熱の固まりが生まれた気がした。みんなを助けたくてプルーロを採りに行くと決意した、あの時と同じ熱だ。


 プルーロの斜面を見下ろす場所で、ジローは一度立ち止まった。頭上にはグリフォンの群れがぐるぐると旋回し、俺たちを威嚇している。それを追い払うようにジローが一吠えし、一気に斜面を下る。


 グリフォンが滑空してくる。鋭い爪が俺の顔めがけて降りてくる。ジローは横に飛び、その爪を避けた。二匹のグリフォンの間をすり抜け、果樹の下に辿り着く。俺は背を真っ直ぐに立て、金色の果実に手を伸ばす。つるりとして冷たい感触を指先に感じた。だがその実を掴む前にジローが身を翻す。一拍遅れてグリフォンの爪が果樹の幹に突き刺さった。少し遅れていたら、その爪は俺の背中に刺さっていただろう。


 幹を蹴って方向転換し、再び果樹に近付く。眼前にグリフォンが翼を広げ、俺たちの進路を塞ぐ。剣を振り下ろし足元をはらうと、ギャアと悲鳴を上げた。途端に三羽のグリフォンが次々に襲いかかってくる。仲間を傷つけられて怒ったみたいだ。


「い、一端退却しない?」


 俺の提案を素直に聞き入れたジローは、果樹から離れた。森の入り口で背中を荒く上下させ、口を開けてはっはと息を吐く。


 グリフォンは、手強い。ジローの動きは機敏だけれど、俺が乗っているせいで本来の力を十分発揮できないのかも知れない。


 あんなに大勢のグリフォンを避けながら、プルーロをもぐなんて絶対無理だよ。

 

 絶望的な気持ちが込み上げてくる。


 一匹のグリフォンが群れから離れて滑空してくる。俺は剣を構える。獅子の爪と鷲のくちばし。致命傷を与えなければこちらがやられてしまう。やはり、抜き身の剣で闘った方がいいんじゃないか?


 だけど、そのグリフォンは少し様子が違った。身体二つ分離れた距離まで近付くと、速度を緩めたのだ。ゆっくりとした羽ばたきで探るように近付き、少し手前で止る。空中で静止したまま、じっと俺を見つめている。


「な、なんだよ……」


 戸惑いつつ、俺はそいつに問いかけた。グリフォンはくいっと首を上下に振る。その目はずっと、俺を凝視している。目を見ているわけじゃない。俺の身体の、胸元を見ているのか?


 そこには、ジローが掛けた花の首飾りがあった。赤や黄色、白や紫。色とりどりの花で作った鮮やかな首飾りだ。


「そう言えば、グリフォンは宝飾品を集める習性があったな。お前、これが欲しいのか?」


 問いかけに、グリフォンは頷いた。俺はあることを思いつき、首からそれを外した。


「やってもいいけど、ただではやれない。プルーロの実と交換だ」


 グリフォンは一鳴きし、飛び立った。プルーロの木へ行くと黄金の果樹をくちばしにくわえ、戻ってくる。


「よし、交渉成立だ。ジロー、これ、こいつにやってもかまわないか?」


 グルルと喉を鳴らしたのを了承と見なして、俺はグリフォンの首に首飾りを掛けてやった。グリフォンは俺の手に、プルーロを乗せる。グリフォンが羽ばたき仲間の元へ戻ると、他のグリフォンたちが興味深そうに花飾りを眺めた。

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