第13話 グリフォンは凶暴なのか?
トメリを左の手に乗せ、右手を翳す。真っ赤な皮の内側にはゼリー状の果肉がある。そのずっと内側を熱するイメージだ。やがてトメリは青く発光し、熱を帯びる。
これで良し。
食材の力を引き出すジュールという儀式は上手く行ったと思う。多分。四年ぶりだからあんまり自信ないんだけど、上手く行ったことにしよう。俺は一つ頷いてから、真っ赤な顔をしたナシとメリーの息子メッシにトメリを手渡す。
メリーに背中を支えられたメッシは、青く光るトメリに齧り付いた。本当に小さな一口だ。口を小刻みに動かした後、喉が小さく上下する。喉の内側で青い光が滑るように下降し、胸に広がっていく。あれ、こんなこと、起こるんだっけか?
メッシはふうっと息を吐き出した。
それからは無我夢中でトメリにかぶりついていく。メッシの顔から赤みが引いて行き、瞳に生気が戻る。食べ終えると自分の力で身体を起こし、大きく天に両手を突き出して伸びをした。メリーは両手で顔を覆い、大きな声で泣き出した。
「ありがとうございます。あんた様は息子の命の恩人だす」
ナシは頭を下げ、両手に抱えていた白い袋を俺に差し出した。
「約束のコクロだす」
「こんなにいらないよ。あんたらの食べる分が減っちまうじゃん」
「いいや。バジリスク退治までしてくれたんだ。あそこに安全に往き来できるようになったから、おいら達はずいぶん楽になるんだ」
「それでも、こんなに貰いすぎだよ。女の子一人分で良いんだ」
俺はポケットから巾着袋を取り出し、握りこぶし二つ分のコクロをその中に入れた。
「トメリは普段から食べるようにしたらいいよ。病気を予防する力がある。収穫できる内に出来るだけとって、薄くスライスして干しておくんだ。そしたら、冬の間も食べることが出来る。コクロを炊くときに一緒に入れたらおいしいよ」
「干す?」
「お日様に当てて水分を抜くんだ。カラカラになるまで。コクロもそうするだろ?」
「成る程」
いつの間にかゴブリン一族が俺たちを取り囲んでいた。女達が顔を合わせて頷き合っている。
「あんた様らこれから何処へ行くんだす?」
マールが身を乗り出してきた。俺は鞄から丸めた羊皮紙を取り出し、広げる。
「プルーロがなっている所を探しているんだ。多分渓谷の、日当たりいい斜面にあると思う」
王都を中心とした地図の現在地を指差す。
「お日様が昇るのがこっちで、沈むのはこっち。そういう渓谷に心当たりはないかい?」
マールとナシが顔を見合わせる。二人は眉間に皺を寄せて俺の方に首を向けた。ナシが隣の山を指差す。
「この斜面に金色の果実がなっていると聞いたことあるんす。でも、グリフォンが指一本触れさせないように守ってるらしいっすよ」
俺は頷く。
「知ってる。プルーロの生るところにグリフォンありってのは常識さ。でもあいつらは大人しいから人を襲いやしないだろ」
実際、俺がプルーロを収穫する時、やつらは木の枝にとまってじっと俺を見ているだけだった。マールとナシは激しく首を横に振る。
「とんでもない! 彼らはとても縄張り意識が強くて、綺麗な物が大好きなんだ。プルーロにちょっとでも近付いたら、あの鋭いくちばしで突き殺されちまうよ」
マールがそう言い、ナシが隣で身体を震わせる。俺は小首を傾げたが、反論するのはやめた。代わりに、沢山収穫して帰り道に分けてやり、グリフォン凶暴説を覆してやろうと考える。
「場所を教えてくれただけでもありがたい。取りあえず行ってみるよ。ところで、ミノタウロスが住んでいるところは知らないかい?」
「ミノタウロスだって?」
「あんた様死ぬつもりかい?」
マールとナシが口々に言う。俺はポリポリと頭を掻いた。
「死ぬつもりはないんだけど、どうしてもミノタウロスの乳が欲しいんだ」
チラリとジローの方に視線を向ける。実際ミノタウロスから乳を搾れるかは疑問だけど、ジローがその食材を指定したんだ。ジローはご婦人達に囲まれて、筋肉をパチパチ叩かれている。大胸筋をピクピクさせると、黄色い歓声が上がった。何やってんだ、こいつ。
疑いもなくジローの言う通り食材を集めに来たものの、本当にそれが必要なんだろうか。トメリでも良かったなんてことが後で判明したら、俺ぶっ倒れちまうぜ。
「……グリフォンとミノタウロスは交流があるんす。どっちも翼を持つ魔族っすからね。だから、グリフォンの近くに行けば集落を見付けられるんじゃないかな。多分俺たちみたいに洞窟に住んでいると思いやす。でもね、あいつらは肉食で、人間も食うらしいすよ。近付かないにこしたことはねぇ。乳を搾るなんて、絶対に無理だ」
「まあ、確かに。上半身は人間だからな。んなことしたら純粋に変態だからな」
後でジローに聞いてみよう。本当にミノタウロスの母乳が必要なのかどうか。もしかしたら、牛や山羊の乳でも代用できるかもしんないし。
「ま、とにかくプルーロを採りに行ってみる。ジロー、そろそろ出発するぞ!」
「あう?」
にまにました顔で振り返ったジローの首に、花を編んだ首飾りが掛かっている。ご婦人方は名残惜しそうにジローの大胸筋や上腕二頭筋を撫でていた。俺は大きく肩をすくめる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます