第9話 ジローの温もり

 トメリ探しには明日の朝出発することになり、ゴブリンの集落に一夜の宿を借りる。といっても、流紋岩の洞窟に彼らは住んでいて、そこに混ぜて貰っただけだけど。


 集落は五つの家族で構成されていた。昔はもっと多くの家族がいたんだけど、森に入って命を落としたり、子供が産まれなくて途絶えたり、王都に行って奴隷として生きる道を選んだりし、数を減らしていったらしい。


 洞窟の奥にござを敷いて貰い、俺たちは眠ることにした。もてなしてくれようとしたんだけど、飢えている事を聞いていたのでそれは断り、逆に俺たちが持っていた干し肉を少し分けた。


 ジローの身体には投石の傷がいくつも残った。コクロの傍に生えていた白い花は、手折ると茎に白い粘液が滲む。その粘液には傷の治癒を早める力がある。故郷にも生えていたその草の効果をジュールで高めてから、ジローの傷に塗ってやった。人の姿に戻ったジローは、俺が手当をする間気持ちよさそうに目を細めてじっとしていた。


 青黒く変色を始めた痣。擦り傷。切り傷。


 俺を背に庇って投石を受け続けて、出来た傷。そのお陰でたった一石も、俺の身体を痛めなかった。


 一番深い額の傷に、粘液を浸した布を押し当てていたら、涙が溢れてきた。


 故郷を失ってからずっと、俺は一人で旅をしていた。俺はどこからどう見ても魔人だから、誰も対等に扱ってはくれない。特別なものを見る目。好奇心や恐れを抱いた目。故郷を失って王都を目指した二年の間、心を許せる人に出会うことは、一度もなかった。


 母さんや母さんが忙しい時に世話をしてくれた修道院のシスターや、父さんや、その仲間。辺境伯様も、俺をそんな目で見なかった。俺は故郷のスパインピークでは、ただの見習いヒーリアンで、子供だった。


 キュウン、とジローが喉を鳴らす。案じるように瞳を潤ませて、俺を見つめている。俺は涙を拭いて、笑みを浮かべた。


「心配すんな。明日には良くなってっから」


 額に当てた布に力を込めると、滲みたのかジローは目を閉じてクウンと鳴いた。


 布を外し、ごろんとゴザに横になる。薄いゴザは地面の冷気を遮ってはくれない。


「夜は冷えるよな」


 荷物を入れたずだ袋から、掛け布を引っ張り出す。一枚をジローの身体に掛けてやり、もう一枚を自分の身体に巻き付けて身体を丸める。出来れば火を起こしたかった。だが、ゴブリン達は洞窟の中で火を焚くことを極端に嫌っていた。煙に殺されると思い込んでいるのだ。


 ジローがキュンと鼻を鳴らした。そして、身体が光る。もう何度目かなのだが、その光に目が慣れることはない。


 光が収まると、ジローは犬の姿になっていた。もぞもぞと歩み寄り、俺の頭に自分の顎を乗せる。モフモフとした温もりがそこにあり、思わずしがみつく。ジローの前足が俺を包み込んだ。


 ああ、温かい。


 ジローの体温は俺よりも少し高い。その温もりの中で俺は、そっと目を閉じる。

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