第3話 予言者ハイド
「やぁ、メディシアンのタイラー君。会いたかったよ」
男はそう言って、とんがり帽子を脱ぎ会釈した。帽子の下は見事にはげ上がり、見本のように美しい形の頭をさらしている。つるりとした肌の笑った口元に、無数のしわが沸く。それで、彼が意外と年を重ねた人であると分かった。彼はずだ袋を重たそうに肩から外し、丁寧に床に置いた。そして、なんの迷いもなく俺の前に腰掛ける。
「エールとソーセージのグリル。米はいらない。それから、僕は彼と話がある。悪いけど、外して貰えるかな?」
口元の笑みを全く乱さず、目を閉じた顔を俺に向けたまま彼が言う。それは有無を言わせぬ力を持っていた。俺を取り囲んでいた人々は、不満げな表情を顔に浮かべて元の席へ戻っていく。
間もなくゴブリンが、エールと水を運んできた。男はまだ笑みを崩さずジョッキをこちらにかかげる。俺もグラスをそちらに向けた。そうせずには、いられなかった。男はジョッキを傾け、喉を鳴らして半分ほど一気に飲んだ。そして、グラスをテーブルに置くと俺に向かって言う。
「早くエールを飲んでいい年齢になればいいね。あと、二年か」
グラスを落としそうになる。名前も年齢も、何故知ってるんだ? 会いたかったって、どういうこと?
問いかけを制するように、彼はテーブルに手をかざした。
「私の名はハイド。人は私の事を、予言者と呼ぶ」
「予言者?」
「そうだよ」
微笑んだまま、彼は言う。彼の口元は生まれてからずっとこの形なのかと思うくらい、形が変わらない。エールを飲む時でさえ。
「そして、君と同じ魔人だ」
ハイドは目を開けた。アーモンドの形をした綺麗な双眸は、白く濁っていた。卵の白身を連想させる濁りの下に、赤い色が透けていた。俺はゴクリと唾を飲み込む。
「父親の職業は占星術師だった。その子供が魔力を持つと、予言者になるらしい」
笑みの形は変わらないけれど、そこに自虐の色が混じったように見えた。
ごく希に、緑の髪と赤い瞳の子供が産まれる。血縁とか地域とか、そう言ったものは全く関係なく、唐突に。それは魔力という不思議な力を持つ印だ。緑の髪と赤い瞳を持つ者は「魔人」と呼ばれる。
どんな力を発動するのかは、両親の職業に由来する。
俺は旅の途中で二人の魔人と出会った。
一人は木こりの男で、森の中で切るべき木を見付けると、手を触れただけで倒すことが出来た。
もう一人はスパの女主人だ。地面の下に源泉があるのを見抜き、軽く掘れば温泉が湧く。彼女は各地でスパをつくり、その地域に無料で開放していた。スパは無料だけれど、付随する酒場や床屋で結構儲けていた。
俺の父は辺境伯の従士をしていて、母親はヒーリアンだった。俺は母の職業にまつわる力を得た。
ヒーリアンは、医術を扱う職業だ。診察して病気の原因を探り、薬草や食事で病が癒えるのを助ける。けれど、病にかかってしまったら、治るかどうかは本人の力次第で、ヒーリアンが出来るのはあくまでも治癒力の手助けだけ。
ヒーリアンの力を持つ魔人のことを、特別に「メディシアン」と呼ぶ。ヒーリアンの家系に魔人が生まれるのは奇跡に等しい。魔人の誕生自体、千人に一人くらいのすごく珍しいことなんだ。多分国内には、俺一人しかメディシアンはいないんじゃないかな。
メディシアンはブラドという力で身体の内側を診ることが出来る。見付けた病巣を癒やす食材を選び、ジュールという力で食材の治療成分を引き出して病を癒やす。……らしい。
メディシアンに成るべく母さんから医術を学んでいたが、十二歳でその修行をやめてしまった。だから俺には医術の知識は中途半端にしかないし、力を発揮する実践もしばらくしていない。今日フレイヤ様にブラドを施したのが、実に四年ぶりの診察だ。
なので、フレイヤ様を目覚めさせる方法なんて全く分からない。診察では、眠りの原因は分からなかった。その診察でさえ、正しく行えたかどうか自信が持てない。
メディシアンになんて、生まれて来たくなかったよ。
「分かるよ。私も予言者になどなりたくはなかった。運命にあらがって髪を抜いたり、目を焼いたりしてみたよ。もっとも、髪は勝手にはげてしまったんだけどね」
ハイドはつるりと頭を撫でる。
「見かけはただの印に過ぎないみたいだね。目が見えなくても未来は見えるし、はげても力は弱くならなかった」
「未来が見えるのは、良いことじゃないですか。災いを避けられるし、上手く使えば金持ちにだってなれる」
ハイドは首を横に振った。
「災いを避けても、富を得ても、結局辿り着く未来は決まっているんだ。目的地はあらかじめ決まっていて、そこへ向かう道順が変わるだけ。予言なんて、全く無意味だ。それなのに、皆こぞって未来を知りたがる」
ハイドは溜息をつく。そんな時でさえ、唇の形は変わらない。
「プルーロを採りに行っても行かなくても、君が今ここに一人でいるっていう未来は、変わらなかった」
俺は息を飲んだ。目前に、燃えさかる町と切れて対岸との繋がりを失った吊り橋が鮮烈に浮び、胸が激しく痛んだ。
「たいていの場合、運命は変わらないんだ。神様が必要だと思わない限り。運命を変える力を持つのは、我々魔人だけなんだよ」
「運命を変える力を、魔人が?」
「そうだよ」
身を乗り出して、ハイドは深く頷いた。
「私達の力は、神の意志で授けられている。神が今定められている運命を変えるために」
「定められた運命を変えるため?」
「そうだよ。私達の力には、意味があるんだ」
「そんな馬鹿な。木こりやスパの主人が、神の意志で与えられた力だって言うの?」
余りにも滑稽に思えて、笑ってしまう。ハイドは笑みを崩さないまま、首を傾けた。
「ところで君は、今の王様のことをどう思う?」
唐突な問いを、ハイドは投げた。俺は口を半分開き、まず質問の内容を理解するのに時間を費やす。それから、「どう思う?」に対する答えを考えた。
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