第30話 スパイ行動

 オウワの言葉ぜめは続いた。

「俺の隣にいるこのドクタールは、研究者でもあってな。妹をもう飛べない身体にしてしまった。羽がなくなるまで不老不死の研究をしたが、後一歩のところで、全ての羽をちぎってしまったのだ。白い羽の妖精族は激レアでなかなか手に入らない。そんな時にお前が現れた。俺とツボミ町で出会ったのは、別に仕組んだ訳じゃない。偶然だ。あるいは唯一神であるオシリス様が願われたか。どちらにせよ、これがお前の運命だロクサーヌよ。お前はミルのスペアとして最高の存在だ。ここから逃す訳がないだろ」

 身震いした。ロクサーヌは、改めて、ここから逃げることなどできないと思い知った。オウワという男は、隣にいる将軍ドクタールと同じレベルの魔術を操る化け物だ。

 ロクサーヌが寝ているベッドが動いた。奥の部屋に連れて行かれる。今度はミルも一緒にだ。せめてブレイドたちに報告していればという後悔が頭をよぎった。


 魔族に変装したライダーは、地下への階段をひたすらに降りて行った。すると、途中で鋼でできた牢獄に辿り着いた。牢獄の中には、たくさんの妖精族たちが、こちらを睨みつけている。無理もない。今のライダーは、彼らにエピカリスを牛耳る魔王軍の一味としてしか認識されていない。

 魔族のライダーは、周りを見渡した。ライダーの他に、魔王軍が5匹。全て仕留めようと思えば簡単にできる。

 しかし留まった。スパイと言うのは、最後まで存在を悟られてはならない。例え、正義を見捨てることになったとしても、それが正しい行いだ。ライダーはあくまでも情報収集が基本で、魔王軍との戦闘はブレイドたちに任せていた。今回もそうだ。ただし、小細工は仕掛ける。

紙生成カーガス

 紙に妖精族たちが解読できるようメッセージを書いて、さりげなく牢獄の鉄の格子の前に近づいた。一人、妖精族の中でも、年老いた男の妖精がその様子に気づいた。魔族のライダーはその年老いた男の妖精に向かって、紙を投げた。

 視界から隠し、かなりの速度で、投げた紙は、紙先で空を切り、年老いた男の妖精にまで届いた。

 年老いた男の妖精は、紙を受け取ると、サッと、ふところに隠して頷いた。

 どうやら伝わったようだ。そう感じたライダーは格子にそっとわずかな時間だけ触れた。

 それを全ての牢獄の前で繰り返す。少し奇妙な動きに見えたが、魔族に変装していることがバレていない以上、とやかく言われることはなかった。

 全ての牢獄に紙を送って、格子に触れてると、さっさとそこから立ち去った。

 格子に触れたのは理由がある。ライダー自身の闇属性の魔術を流し込んだのだ。遠隔操作で格子を壊すための工作だった。

 さらに進むと、気配がない階段を一人の魔族がこちらに向かって歩いてきた。低級魔族だ。すれ違いざまに片手を切断し、音感の簡易結界で音を外部に聞こえないようにした。

「何者だお前は!!」

「喋る前に吐いてもらおうか。ロクサーヌという妖精族を知らないか?」

「ロクサーヌだと⁉︎ たった今俺はそこに行ってきたんだ。お前、あいつらの仲間か?」

 −あいつら? 他にもいるのか?

「その他に誰がいる?」

「ロクサーヌの妹だ。俺はそいつらのベッドを実験室に入れるという仕事を全うしたから帰りなんだ。頼む、あんたが強いのは分かるよ。だから逃がしてくれないか? どうせ、お前じゃ、オウワ様とドクタール様には敵わないんだからさ」

 魔族は捕まっているのにも関わらず、妙に肝が据わっていた。こういう魔族ほど後が怖い。

蒸発弾アバボラ

 ライダーは指先から、当たると蒸発する弾を連射した。問答無用で相手の魔族は倒れた。

 魔族のライダーは振り返らずに先を急いだ。

 そこからしばらく地下深くに進むと、巨大な魔力が二つほど確認できた。これが、オウワとドクタールの魔力だろう。

 少し不味いな。将軍クラス二名相手だと、流石に部が悪すぎる。それに、こちらが魔力を察知したタイミングで向こうも、ライダーの存在に気づいたようだ。

「変革の心 自選の会得 変幻自在カメレオン

 変装魔術の詠唱による高度化。鷹の羽を6枚背中から生やし、そのままマクロ化。目に見えないサイズまで身体を小さくして、高速で空中を飛んだ。

 そのわずか1秒後にオウワが実験室からこちらを睨みつけてきた。しかし、すでにライダーの姿はなく、魔力の気配も遠のいていた。


 ライダーが、エピカリス宮殿の地下から逃亡して3日後。

 エピカリス王国のとある小さな宿に、ブレイド、ドミンク、ライダーの三人が集まっていた。目的はお互いの情報を共有することだ。

「あれから色々と町の中を調べた。やはり数人が同じこと言っていたから間違いない」

 素の姿に戻ったライダーが言った。

「妖精族がエピカリスの闇オークションで売られる。名前はロクサーヌ・ミルジェラトゥム。名前からしてロクサーヌの妹で間違いないだろう」

「ふむ…罠の可能性は?」

 ドワーフ族特有の長い髭をさすりながら、ドミンクが問うた。

「ありえるな。ただし、開催すると分かっているのなら、こちらもやりようがある。つまり、我々パーティーの目的は魔王軍の殲滅だ。準備してこちらも罠を仕掛けて、一気に開戦することもできる」

 職業:勇者のブレイドが話をまとめた。

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