第29話 神術の力

 ずっと魔力を感じるトビラが突如開いた。外側から、莫大な魔力の正体がこちらに歩いてきた。ドクタールではない。

 短く切られた白い髪に、赤い目を、そして、赤いツノを生やした不気味な魔族。確か、オウワという名だったはずだ。ツボミ町で捉えられた時、どこかから聞こえたのか記憶に残っていた。

「白い羽の妖精。名はロクサーヌ・スプラッシュウェーブか。遺伝データによると白い羽を生やしている一族だと結界が出ている。お前の家族…両親は、初期の頃にドクタールが不死の実験ができると鼻の下を伸ばしていたが、愚かゆえに殺してしまった。白い羽で生き残っているのは、お前と、妹のロクサーヌ・ミルジェラトゥムだけだ」

 …! 

 ミル?

 今この魔族は、確かにミルの名前を出した。

 ハッと、記憶が蘇ってきた。ロクサーヌが捕まる前、そのきっかけとなったのは、ミルの名前と『売る』という単語がカフェにいた荒くれ者の口から出たからだった。

「ミルがどこにいるか知ってるの⁉︎」

 ロクサーヌは仰向けのまま、顔だけオウワに向けた。

「もちろんだ。そのために俺がきた」

「…あの、俺もいるんだけど」

 後ろから現れたのは、エピカリス王国を支配しているドクタールだ。

 ドクタールはオウワと並ぶと、ロクサーヌを見下ろした。

「何しにきたドクタール」

「ふん、ようやく見つかった白い羽。いくら諜報機関のボスでも何しでかすか分からないからね」

「つまり見張りということか? 将軍にもなって忙しないな」

 オウワはそう言って手を上げた。それが合図になっているかのようで、奥にいた部下の魔族たちが動き出した。

「何がよ! あんたが魔王様の直属じゃなければ、俺の部下を使って追い払ってたところだ! 魔王様に気に入られていることを感謝するだな! 赤目やろう!」

「果たして追い払えるかどうか。将軍なら俺の魔力を測れるはずだが?」

「そういう屁理屈を言うためにここにきたのか⁉︎」

 ドクタールは眉間に皺を寄せて、オウワを睨んだ。どうやら、この二人は仲が良くないみたいだ。ロクサーヌは、じっと二人の強者の様子を観察していた。

「そんな無駄なことする訳ないだろ。このロクサーヌ・スプラッシュウェーブの心を動かしたくてね」

 オウワの部下が、下にタイヤが付いている移動式のベットを二人で引いてやってきた。

 そこに寝ていた人物を見て、ロクサーヌは驚愕した。確かにあの頃に比べると、大人っぽくなっていて、別人のようにも見える。しかし、それでも輪郭だけは、ミルであることがはっきりと分かった。

「ミル⁉︎ 私よ、お姉ちゃんだよ! 覚えてる!」

「お姉ちゃん? スプねぇ? えっ…なんでここに⁉︎」

 よく見るとミルは、羽の部分がほとんどなくなっていた。ドクタールかオウワに引きちぎられたのだろう。あんなにぼろぼろだと、もう飛ぶこともできないはずだ。

「ミル大丈夫⁉︎ その羽どうしたの!」

「これはその…こいつらにやられたの!」

 ロクサーヌと同じく鎖でグルグル巻きにされて、腕が使えないミルは、目線でドクタールやオウワを睨んだ。

「そうだったの…やっぱり許せない!」

 やるしかない。

 神術を使ってここを脱出する。

「神炎ノしんかのまい

 ボボボ…!

 突如ロクサーヌとミルの鎖が燃え始めた。指定した場所を燃やすロクサーヌの秘伝の神術が成功した。

「………」

 が、炎はすぐに弱まっていく。

「ウソ…」

「神術か。確かに白い羽の妖精族なら持っていてもなんら不思議ではないな」

 あまりにも冷静なオウワの声が聞こえた。まるで神術に見慣れているとでも言うような言い方だ。

「だが、神術を使えるのは、何もお前だけじゃない。頭八咫烏ヤタガラス

 いつの間にか、オウワの背後から、8羽のカラスが現れていた。

 それらが、ロクサーヌの神炎ノしんかのまいの炎を吸い取っている。

「目には目を、歯には歯を。神術には神術で対抗する。それが、この世の真理だ」

「ハァハァ…」

 ロクサーヌはオウワを睨みながら次の手を考えようとしていた。しかし、神術の発動は、体力の消耗が激しく連発で出すことができない。

シュラーフ

 オウワは、ミルに向かって魔術を飛ばした。スースーと眠ってしまったミル。これでは、より一層ミルを連れて脱出するのが難しくなってしまった。

「少し昔話しをしようか」

 そう言って今度はロクサーヌに近寄ってきた。

「お前の妹ミルは、この3年間とんでもなく酷くて、とても耐えられないような実験に耐えてきたんだ。羽をちぎられては、分析されて、電気や氷漬けにもさせられたさ。両親ほど強い刺激は与えなかったが、それでも回復しては、傷つけてを繰り返してきた。素晴らしかったよ。ミルは」

 オウワは自慢げに語った。

「やめろ…私に、そんな話をして、怒らないと思っているのか?」

「怒りとは、ある特定感情に到達するまでの過程に過ぎない。最後に辿り着くのは絶望だけだ」

 オウワはニヤリと笑って答えた。

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