第28話 危機感
ロクサーヌは目を覚ました。全身に何やらひんやりとした感覚がある。それが何かを理解するのに、そんなに時間は掛からなかった。魔力で作られた鎖だった。
動こうとしても無駄だった。鎖は羽と身体を通って、ベッドの下の何かに固定されている。
ロクサーヌは妖精族の姿のまま、仰向けになって拘束されていた。
……ここはどこだ? 早く脱出したい。わたしがパーティーに戻って来ないと分かった時点で、ライダーが動いていると信じたいものだ…。
ロクサーヌは心の中でそう思った。
その頃、ライダーはといえば、素の姿で天井裏に潜んでいた。
ここはエピカリス宮殿内部である。魔族の警備がキツくて、極小サイズの蝿に姿を変えて、わずかな壁や隙間に潜り込んで、なんとか内部に入ることができたのだ。
天井裏から室内に向けて小さな穴を開けて、下を覗き見る。
宮殿の内部には、人間や妖精族の気配は一切しない。あるのは、悪質な魔族である魔王軍の気配だけだ。
そして、今まさにライダーが潜っている天井の下に魔王軍の魔族が一匹。通り過ぎた。ライダーは天井の穴を広げて、自分が降りれるサイズにすると下へと飛び降りた。
静かに気配を消して魔族の後ろに付くと魔力を練り上げだ。
「
ライダーに狙われた魔族は驚く間すらなく捕まった。拘束は手足、そして、口を封じて、対象の相手の自由を奪う魔術だ。
ライダーはひょいっと魔族をかつぎあげると、天井裏へと連れて帰った。
「音感の簡易結界」
ライダーと魔族の周囲わずか30センチほどを覆うように結界が現れた。これはヨザクラ王国で音感のアウリスが使っていた音を操る結界の簡易版だ。アウリスは粋がっていたが、ライダーにとってあのレベルの魔術は一度見ただけで、簡易的に再現可能だった。
音感の簡易結界のルールは、結界内の音を外部に漏らさないようにすることだ。これでいくら尋問しようと外にバレることはない。
「俺が何者かは気にしなくていい。これから言う質問にだけ答えろ。でなければ、命はないぞ」
ライダーの言葉に、捕まった魔族はガクガクと震えながら頷いた。
「では、まずエピカリスについてだ。宮殿内に魔族しか見えないが、人間と妖精族はどうした? さぁ答えろ!」
ライダーは魔族に刃物を突きつけた。
「ヒ…ヒイイ…! エピカリスはもう魔王軍の手によって支配されているので当たり前かと…」
「支配? エピカリスの町にはまだ住人がいたけど? 最近の魔王軍は人間も生かすようになったのか?」
「そ、それはドクタール様に聞かないと分からない。だけど、あの市民たちは洗脳されているんだ。青い粉を食物に混ぜ合てな」
「なるほど。納得した。では、そのドクタールってのがリーダーだな。どこにいる?」
「そ、それは」
「早く答えろ!」
ライダーは再び刃物をグイっと押し当てた。すでに魔族は首筋から血が流れている。
「ク、クソ…。今ドクタール様がいるのは、宮殿の地下深くだ。だけど、お前がときが勝てる相手じゃないぞ! ドクタール様は魔王軍のトップ5の戦力を持っている。将軍の位を持つ魔王様のお気に入りだからな!」
魔族はライダーに刃物を突きつけられているにも関わらず、自信ありげに答えた。
「そうか。もういい」
ライダーは冷酷に切り捨てると、刃物を一度引いて、振り下ろした。魔族の首飛ぶ。断末魔が上がったが、結界の内側だった為、誰からも気づかれなかった。
死んだ魔族はゆっくりと天に肉体ごと召されて消えていく。
「
ライダーは、その死んだ魔族に変装した。
魔族のライダーは、平然とした顔で、ほかの魔族たちの横を通り過ぎる。気づくようすはない。激しい修練をして、高い魔力を身につけた者なら、たまに変装を見破られるときがある為、あまり長居する訳にはいかない。
キョロキョロとあたりを見渡すと、下へと通じる階段を見つけた。さりげなく歩いてゆき、自然に関係者のように階段を降りていく。周りにいた魔族たちは、誰一人それを疑うことはなかった。
エピカリス宮殿の地下深く。通気口から吹いてくる生ぬるい風が、ロクサーヌの額に当たる。妖精族の姿になったロクサーヌは、通気口から脱出する事を考えていた。神術を使えば、この魔術でガチガチに固められた鎖さえも焼き切れるかもしれない。
しかし、ためらっていた。それは、神術が成功するかや、上手く脱出できるか、と言った不安からくるためらいではなかった。
とある莫大な魔力の気配。それがこのトビラの奥から感じるからである。おそらく、上級魔族以上。下手したら、あのドクタールがいるのかもしれない。ドクタールの強さは、幼少期のロクサーヌが目の当たりにしてきたので、よく分かっている。
魔王軍の将軍は単独で国を落とせるほどの強さがある。それができるは魔王軍の中でもトップの5人だけだ。もしかしたら、ドクタールもそうなのかもしれない。だとすれば、これは王都が対応するレベルの案件だった。
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