第25話 魔王軍の支配地域
改めてあたりを見渡す。エピカリスの住人たちが、店に入っていく。ガラス越しにそれを観察すると、笑顔の客と笑顔の店員が会話をして、商品を買っている。
出店で魔物の肉をステーキにして焼いている店主も終始笑顔で、接客している。それに対して、客も皆んなニコニコでステーキを食べている。
それらは一見とても楽しげで平和な世界だ。だが、何かがおかしい。笑顔に感情がこもっていない。ブレイドはかつて王都で騎士団をやっていた頃、詐欺で金を騙し取っていた男を捕まえたことがあった。その男は、終始笑顔で、気の利いた人間のように振る舞って、お金を騙し取っていた。
今のエピカリス王国の住人たちはそれに似ている。ブレイドは直感でそう感じた。
「おや、そこのあなた見かけない顔だねー」
買い物袋を持ったおばちゃんが背後から話しかけてきた。やはり、顔はニコニコだが、目の奥が笑っていない。
「そうですね。最近山脈を超えてきたパーティーの一員です」
「なら、お腹すいたでしょ。おすすめのアイスクリームあるから紹介してあげよう。ついてきて」
そう言っておばちゃんはブレイドの袖を掴んだ。半ば強制的に、連れてこられたアイスクリーム専門店には、確かな美味しそうな商品の写真が飾られていた。
「店長! 最近きた人だよー! とっておきのを出してちょうだい」
おばちゃんが言うと、店長はアイスクリームを冷やす機械からアイスを取り出しカップに入れる。そこに、青い粉をまぶして振りかけた。
「あれは?」
ブレイドは尋ねた。
見るからに怪しい粉だ。アイス自体が白かったので、余計に青い粉は目立つ。
「あれがこの国の人々が笑顔になる秘密だよ。皆んなあの粉のおかげで幸せになれるんだ」
「なるほど。それは少し楽しみです」
「はい、ところであなたは、王都バビロンからお越しになったのですか?」
「どうしてそれを?」
「うふふ、わたくし本屋の店主と知り合いでね。噂っていうのはすぐに広まっていくものなんだよ」
「俺に何かしてほしい事でもあるのですか?」
「………」
ブレイドのその言葉に、おばちゃんは黙って目線をアイスに戻した。店主がブレイドに、青い粉をまぶしたアイスを差し出した。
この粉自体に魔術はかかっていない。しかし、どうみてもヤバそうな粉だった。
「エピカリス王国の名物、幸せな青い粉。皆んな料理に混ぜて、毎日食べているわ。そのおかげでずっと幸せに暮らせるの。今回はその実物をあなたに見せたくてね」
おばちゃんはニコニコとした笑顔のまま、周囲を見渡している。
「笑顔の理由もそれか」
おばちゃんは首を縦に振って頷いた。
エピカリス王国の中央には、この国で一番大きな宮殿が堂々とそびえたっていた。高慢とした態度で笑顔の人々を見下すその様は、妖精族の根城というより、魔王軍の支配地域のようであった。
事実、中にいるのは妖精族では無く、魔王軍配下の魔族たちだった。オウワはとある宮殿の階段を登って、扉を開けた。向かうは、この宮殿の一番大きな場所。魔王軍の将軍、ドクタールが待つ部屋だった。
宮殿の中で一番豪華で高価な椅子に座り、ふんぞり返っているツノの生えた男を見るなり、オウワは殴りたくなったが無理矢理我慢した。
「まるで魔王さまみたいな態度だなドクタール」
代わりに皮肉を浴びせた。
「ケケケ、そう思うかオウワ。まぁ羨むのも無理はない。なにせこのエピカリスを一滴の血も出さずに侵略したという素晴らしい功績が俺にはあるのからな」
「ふん。そんな功績を出したお前にプレゼントを用意してやった」
そう言ってオウワは魔術で通信映像を作り出した。
「白い羽の妖精族⁉︎ 何者だ?」
「ツボミ町でたまたま見つけた。人間に変装していたところから、商人の付き添いか、パーティーだったのだろう」
「白い羽はゲキレアだ。それがエピカリスと近いツボミ町にいたとは…油断したのか。いや…やつは……」
ドクタールは檻に入れられた、妖精の姿に戻ったロクサーヌを見て何かを思い出したようだ。
「知り合いか?」
「ケケケ、少しな」
ドクタールは不適な笑みを浮かべた。
数年前のエピカリス王国。
妖精族と人間が共存して住むこの国は、王都からも特別保護国と名付けられて、悪意を持った人間が近づかないようにしていた。さらに天然の要塞である山脈に360度囲まれているため、そもそもよっぽどの実力者でないと、国にたどり着くことさえできなかった。しかし、魔王による人間の住む領域進行作戦によって、保護国に回す軍隊がなくなり、エピカリス王国は放置された。
「ミル…どこに行ったのミル⁉︎」
まだ幼かったロクサーヌは、自身の妹であるミルを探していた。いつも夕方には家に返ってくるミルがまだ返ってこないのだ。最近は、エピカリス王国の金銭を狙って外部から泥棒が入ってくると噂になっていた。もしかしたら、ミルもそれに巻き込まれたのかもしれない。ロクサーヌは冷や汗を浮かべながら、薄暗くなった路地を進んだ。
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