08. 狐と狸の化かし合い

 約束の日が来た。

 リュカをエミリーさんに預けて、昨日から家に帰っていた母さんと料理店に向かう。


 母さんはぼくと同じ焦茶の長い髪を綺麗に結いあげ、レースの襟がついたシンプルな白のブラウスに、深い緑のエプロンワンピースを着て、紅のロングコートに毛糸のショールを羽織っていた。

 うっすらと口紅もさしているみたいで、とても華やかだった。


 女性は恋をすると綺麗になるというが、なるほど確かにその通りだ。

 マナーとしては着飾った女性を褒めた方が良いのだろうけど、父さんのことを考えると複雑な心境のぼくは口ごもってしまい、ただ黙々と歩いた。


 程なく料理店に着いた。

 予約の時間の少し前だが、「お連れ様はすでにお越しです」と個室を案内される。


 前世の記憶があるぼくはこういった状況でも平静を保っていられるが、普通の庶民の子どもなら、この雰囲気にのまれてカチンコチンに固まったり、萎縮してもおかしくない。

 そこまで思い至らずにこの店を予約したのか、それとも意図してなのか、どちらにしてもろくでもないなと思う。



(それに、このグレードの店の個室を予約できるとか、どんなやつなんだ…)



 部屋には、白のカラーシャツに黒のパンツとジャケットを着た、身なりの良い男性がいた。

 淡い金髪と同じ色の口髭は綺麗に整えられていて、なかなかの二枚目だ。



(年の頃は40代後半くらいかな。聖職者か貴族っぽいように見えるけれど…)



「やあ。君がルイだね。私はベルナール・ド・モンフォールだ。会えてうれしい」

「こちらこそ、会えてうれしいです。ルイです」



 握手を求められたので、礼儀として応じる。

 ベルナールは、穏やかな声で口角も上がっているが、目が笑っていない気がした。



(家名があるってことは貴族か。なんだって貴族が母さんと付き合ってるんだ?それに、見た目通り優しいだけの人ではなさそうだし、これは心して臨まないとだめそうだ)



 昼食会は一見和やかに始まった。

 ぼくは果実水、大人二人は食前酒で乾杯をして、アミューズをいただく。

 手でつまんで食べられる一口サイズのミートパイは、チーズの塩気とあっていてとても美味しかった。



(美味しいんだけど、こんな状況でなければもっと素直に味わって食べられたのに…もったいない…)



 ベルナールはなかなか機知に富んでいるようで、あれこれと話題を振ってくる。

 ぼくも怪しまれないように、賢く、けれどあくまでも純粋な少年に思われるように気をつけて受け答えをする。

 前菜・パスタをいただき、適度にアルコールが入った頃合いをみて、ぼくはいくつか質問をすることにした。



「──あの、ベルナールさんと母さんはどこで知り合ったのですか?」

「私が司祭を務める教会に、サラがボランティアに来るようになってね。そこで知り合ったんだ」


「司祭、さま?でも、家名をお持ちですよね」

「ああ。確かに貴族出身ではあるが、私は三男でね。家は継げないから、聖職者になったんだ」


「なるほど…。でも聖職者であれば、生涯独身なのでは?」

「この王都は旧教会が多いが、私は新教会の所属だ。わかりやすく言うと教派が違うんだ。新教会はそれほど戒律が厳しくなくて、酒も結婚も認められている」


「そうなんですね。はじめて知りました」

「新教会自体、最近になって数が増えてきた教派だからな。知らないのも無理はない」



 ベルナールはワインを楽しみながら、余裕の態度だ。

 母さんはぼくが色々と質問をするので心配そうな眼差しを送ってくるが、気づかないふりをする。



「その、失礼かもしれませんが、それでもやっぱり貴族の方であれば、母さんとでは色々と障りがあるのではないですか……ぼく、母さんには幸せになって欲しくて…心配で…」



 肩を落とし、少し俯き加減で聞いてみる。



(母さんと結婚を前提に真剣に付き合ってるように見せているが、何が目的だ?成金祭壇を初め、宗教グッズはこいつに買わされたものだろうか…?でもさすがに、それは直接的に聞くと警戒されそうだしな…)



「私も前妻とは死別している。いまさら再婚するのもと思っていた矢先にサラと出会ったんだ。実家は兄が継いでいて縁遠くなっているし、再婚に口を挟むようなことはないと思う。…私が言っても信じてもらえないと思うが、サラに子どもがいると知ったのはつい最近でね。きみには随分心配をかけてしまった。だが、どうかこれからは安心して欲しい。私が父親代わりとなって、サラや君たちを守ろう」

「ベルナールさん…」



 母さんが感激したように、潤んだ目でベルナールを見つめている。

 ぼくは何を見せられているのだろうと、若干しらけそうになったが、タイミングよくメイン料理が運ばれてきた。


 若鶏のポワレにナイフを入れると、皮はパリッパリ、身はジューシーで肉汁たっぷりだ。

 多分美味しいのだろうが、食傷気味で味がわからない。


 なんとか食べ終わると、最後のメニューであるデザートと紅茶が運ばれてきた。

 紅茶はそれなりに良い茶葉を使っているのか、とても良い香りにほっと一息ついたところで、母さんがはしゃいだ声をあげた。



「そうだわ!もう少しでお父さんの3周忌だったわね。ねえルイ、今年はベルナールさんの教会で、ミサをお願いするのはどうかしら?」

「えっ!母さんそれは無理だよ。もういつもの教会にお願いして、手付金も支払ってるし…」


「あらそうなの…残念だわ…良い案だと思ったのに…」

「まあまあ。今年はしようがない。来年はぜひ私の教会で行うことを考えてくれ」

「…わかりました」


「それにしても、君はその年で立派に家長として全うしている。普通はなかなかそうは行かない。サラから聞いているが、お父上から継いだ財産もよく管理しているとか」

「…いえ。それほどでもありません。周りに助けていただいて、やっとという状況です」


「謙遜を。そのうえ、商会と専売契約を結ぶほどの商品をいくつも開発して、生計を支えているとは、本当に素晴らしい。私の教会では寡婦や孤児たちの支援も行っているが、資金の捻出は頭の痛い問題でね。君さえよければぜひ良い案がないか、協力をして欲しいところだ」

「たまたま思いつきが当たっただけで、毎回うまく行っている訳ではありません。子どものぼくではとてもではないですが、お役に立てないかと…」


「まあ、この話は後日詳しくしよう。次はぜひ君の弟も一緒に、教会に来てくれ」

「…そうですね。もう冬ですから、春になって暖かくなった頃にでも」

「ああ」



 ベルナールは意図を感じさせない微笑みを浮かべ、うなずいた。

 ぼくを子どもだと思って侮っているのか、終始余裕綽々だった。舐めていた訳ではないが、一筋縄には行かない。



(これは、うちの財産や商会との権利の利潤が目当ての可能性が高いとみて良いかな…。対策を考えるにしても、もう少し情報が欲しい。ベルナール自身のこともだけれど、教会の実態とか実家の地位や力関係も…。まさか貴族家出身の聖職者とは思わなかったから、これは事と次第によっては早く身の振り方を考えないと、まずい気がする…)

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