09. ダミアン商会長との密談
母さんは食事会の日から、仕事以外は家にいることが多くなった。
休みの日は、どこかに出かけて行くこともあるが、日が暮れる前には帰ってくる。
それは良いのだが、四六時中、ベルナールとともに4人で暮らさないかと説得しようとしてくることにぼくはうんざりしていた。
「この間、はじめてあったばかりの人と、そうそう簡単に家族になって一緒に暮らすなんて無理だよ。もう少し時間をかけて、お互いを知ってからが良いんじゃないかな」
「そんなの、一緒に生活をしているうちにだんだんとわかっていくものだわ」
「…それに、この家はどうするの?」
「思い切って、売ってしまうのもいいんじゃないかしら。売ったお金を持参金として持っていければ、お母さんも安心して再婚できるわ〜。ベルナールさんの助けにもなるし、世のため人のためにもなっていいじゃない!」
「そんな…父さんが真面目に働いて買ったこの家を売るなんて…。家族の思い出だってあるのに...!ぼくは絶対に反対だからねっ!」
ぼくが思わず声を大きくすると、近くで一人遊びをしていたリュカが心配そうにこちらにやってきた。
「にぃに、ぽんぽん、いたい、いたい?だいどーぶ?」
「リュカ…にいには大丈夫だよ。ありがとう…。大きな声を出してごめんね」
両手をあげて待っているリュカを抱っこすると、ぼくの頭を小さな手でなでて、「いたいたーい、あっちけー!」としてくれた。弟が人を思いやれる優しい子に育っていて、泣きそうになる。
「この話は、少なくてももうリュカの前ではしないで」
「…わかったわ」
この日はそこで話が終わった。
それからもたびたび、リュカのいないところで話すことはあったが、ぼくと母さんはいつまでも平行線で、家の雰囲気は最悪だった。
つつがなく父さんの3周忌も終わり、リュカの3歳の誕生日を目前にした頃。
ダミアン商会の見習いがやってきて、「旦那様が、このあと時間があれば来てほしいと言ってましたよ」と伝言を受け取った。
エミリーさんに「商会に呼ばれたので、しばらくリュカのことをお願いします」と声をかけて、さっそく商会に向かう。
実はベルナールについて、うわさでも良いので情報を集めてもらえないか、ダミアンさんにお願いをしていたのだ。きっとそのことで何か収穫があったのだろう。
ぼくに支払われるロイヤリティーから察せられるくらい、最近のダミアン商会は手広く商売をしていて儲けている。
必然的に忙しくなっているので、そんな中でダミアンさんを頼ることにためらいがあった。
けれど、商売の規模が大きくなればなるほど、王族や貴族の情報には敏感にならざるを得ない。それに活発に商いをしていれば、情報は勝手に集まってくる。
そう踏んで、情報収集をお願いしたのだ。もちろん、いくつか商売のネタを提供したうえでなので、立派な商談だ。商人にタダで何かをお願いすることほど、怖いものはない。
久しぶりに訪れた商会で、商談部屋に案内される。あまり待つことなく、ダミアンさんもやってきた。
相変わらず、立派なビール腹に柔和な笑みを絶やさない姿は前世の七福神を思わせて、なんとも福々しい。
「ダミアンさん、お世話になっています。お忙しいところすみません」
「ルイ、元気そうで安心したよ。こちらこそ急に来てもらってすまないね。頼まれていた件で、いくつか話さねばと思って…まあ座ってくれ。」
「はい」
「では、さっそくだがね。まずはベルナール・ド・モンフォールについてだが、貴族家の三男で結婚歴があるのは間違いないようだよ。前妻の方がそれなりに裕福な商家の出身で、その筋から話が聞けた。だが、確かに聖職者なのかはわからなくてね。ベルナールが司祭を務める教会は存在するんだが、女性ばかり出入りしていて、近所でも教会だとは思われていなかったのだよ。そこで何やら怪しげなグッズを売りつけているとか、財産の寄進を勧められるなんて話を、番頭や手代が客から世間話で聞いたことがあるそうだ。新教会の本部に司祭について問い合わせることもできるだろうが、探っていることが相手に知られてしまうかもしれないからね。ひとまず調べられることはこのくらいだろう」
「短時間でそこまで調べていただいて、本当にありがとうございます…。その、モンフォール家について、何か知っていることはありますか?」
「ふむ。モンフォール家は先先代まで貿易商人をしていたのだが、官職を買って貴族になったと記憶している。いわゆる新興貴族というやつで、貴族としての家柄は決して良くない。しかも、先代の時にうまく貴族社会で立ち回れず、閑職に回されてから懐具合はずいぶん寂しいと聞いていたんだがね。…面白いことに、最近羽振りが良いそうだよ。ことあるごとに外商を呼んでは、豪遊しているとか」
「領地からの収入があるとか、俸給が良くなったという訳でもないんですよね?」
「そのようだね」
「それは…限りなく黒に近いグレーなのでは?」
「私もそう思うがね。確かな証拠はないうえ、相手は腐っても貴族だ。一介の商会や、ましてや庶民がどうこうできる相手ではないね」
もし、ベルナールが宗教活動で集めた金が、実家であるモンフォール家に流れているとしたら、ずぶずぶの関係も良いところだろう。
なんて厄介な存在に目をつけられてしまったのかと、ぼくは頭を抱えた。
「実は以前から、1つ気になっていたことがあるんです…」
「それは何かな?」
「──魅了や洗脳、扇動といった、人の精神や思考に影響するようなスキルってあるんでしょうか」
ダミアンさんははっと息をのんだ。
「それは……わからん…。少なくとも私は聞いたことはないが…」
「でも、そうじゃないと、母さんがあそこまで変わってしまった理由がつかないんです。母さんは、父さんが生きていた時は、おっとりとして優しくて、何より家族を大切にしていました。少なくとも、たった数年でぼくとリュカに関心がなくなるような母親じゃなかった」
「…もし仮にスキルの影響があるとしたら、事は急を要するかもしれん。すでにルイたちは目をつけられてしまっておる」
ダミアンさんは、おもむろに懐から1通の手紙を取り出し、ぼくに差し出した。
「ルイ、君の祖父母からの手紙だ」
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