06. 突然の母からの提案
そして今に戻る。
朝早く、リュカにトイレでたたき起こされてから眠れず、ここ最近の頭痛の種をどうすれば良いのか考えていたのだけれど、気がつくとぼくは寝てしまっていた。
だいぶ陽が昇っていたので、起きて手早く自分とリュカの身支度を整え、リビングに向かう。すると、ここ数日姿を見かけなかった母さんが、キッチンに立って朝食の準備をしていた。
「おはよう母さん」
「おあよっ」
「おはよう、ルイ。リュカ。ちょうどよかったわ〜。もうできるから、座っててちょうだい」
「珍しく今朝は家にいるんだね」とか「今までどこで何してたの?」とか、嫌味の1つでも言ってやりたくなるが、ぐっと飲み込む。
過去、何度か言ってしまって泣かれたことがあるのだ。それにできれば朝からいやな雰囲気になるのは避けたかった。
にこやかで機嫌が良さそうな母さんが、良いにおいがする朝食をテーブルに並べる。
メニューは、パンケーキ・野菜のスープ・サラダ・果物で、ぼくと母さんのお皿にはさらにバターとハムがついていた。
「おいしそう。いただきます!」
「いたっきまちゅっ」
「はい、どうぞ〜。おかわりもあるから、たくさん食べるのよ」
ぼくが手を合わせると、リュカももみじのようなお手々を合わせて、いただきますをする。すごくかわいい。
我が家はぼくが小さな頃から食前・食後の挨拶は日本式だ。父さんの実家の方がそうだったらしい。
特にこうしなきゃいけないといった決まりはなく、よそのご家庭では、お祈りをしたり何も言わずにそのまま食べたりすることもあるので、結構大雑把だ。
リュカは右手にフォークを持ちながら、左手で手づかみして一生懸命もぐもぐと食べている。
時どき、サイズが大きいものを小さく切ってあげたり、食事用スタイのポケットに入ったものを拾って食べさせたりはするが、基本的にはひとりで上手に食べている。
ちなみにこの食事用のスタイも、ダミアン商会と専売契約を結んで販売している商品だったりする。
布製・スライムゼリー製・ポケットだけ着脱できるものなどバリエーションがあり、地味に売れているらしい。
「おいちい〜!もっと!もっと〜!」
リュカはあっという間にぺろりと食べて、おかわりを要求してくる。
好き嫌いがあまりなく、食べることが大好きで助かっている反面、本当によく食べるので将来のエンゲル係数が恐ろしい。
「そうしたら、パンケーキとスープをおかわりしようか」
「あいっおかありっ!」
結局、リュカはおかわりをしてもまだちょっと物足りない様子だったので、デザートがわりにヨーグルトを出してあげた。それを平らげたところで、やっと満足して「ごっそーさまでちたっ」をした。おなかがぽんぽこりんだ。
さて後片付けをしようかな、というタイミングで母さんが口火を切った。
「あの…お母さんね、実はその、お付き合いをしている
「交流会で知り合ってね、とても優しくて、親身になって相談に乗ってくれるようなひとなのよ。責任あるお仕事をしているのに社会貢献にも積極的で…本当に尊敬しているの」
「ふーーーん。そうなんだ。母さんが出かけたり、家にいない日はその
「え?えぇ、そうね〜。そういうこともあったわ」
(本当に良識のある大人の男が、小さな子持ちの母親を家に帰さないなんてことするわけないだろう!!)
すっかりその恋人に心酔しているらしき母さんに、内心呆れてしまう。
「その、それでね。もしよければ、その
(今日家にいたのは、この話をしたかったからか…)
(正直に言えば、絶対に会いたくない。けれど、ずっと今の状況のままと言うのは、リュカのためにもよくない)
(一度会ってみて、どういう人なのか見極めてから、どうするか考えるのもありかもしれないな。ぼくが偏見を持ちすぎているだけかもしれないし、万に一つ、話がわかる人な可能性もあるし…)
「わかったよ、母さん」
「まあ!うれしいわ〜!」
「ただし、条件が3つあるんだ。1つ目は、まずはぼくだけで会うこと。リュカはエミリーさんにみてもらって留守番してもらうよ。2つ目はうちじゃなくてどこか外の食堂を使うこと。3つ目はブランチ〜ランチの時間帯にすること。それでも良ければ会うよ」
「そんな、条件なんてわざわざつけなくても…」
「それが無理なら、会わないから」
「…わかったわ。ベルナールさんに聞いてみるわね」
条件をつけると母さんは思った通り難色を示したが、譲る気のないぼくがぴしゃりと言うと、しぶしぶ納得した。
そしてそそくさと立ち上がると、片付けを残したまま、また出かけていった。
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