05. 弱さにつけこまれて
日々家事と子育てで1日が終わってしまう。あっという間に季節が過ぎて、父さんの1周忌を迎えた。
だいたい3周忌くらいまでは、毎年教会で家族のみのミサを行うものだとポリーヌさんに聞いたので、ぼくも葬儀をお願いした教会でミサを行ってもらうことにした。
もちろん有料なので、お礼金と心付けで決して安くはない出費だったが、しっかりとお支払いをした。
まだ赤ちゃんのリュカもできればミサに参加できないかと、事前に司祭様に相談のうえ参加した。
司祭様は理解のある方で、「全く問題ありません」と快く了承してくれたのだ。
おかげで、神様の元できちんと父さんに「リュカは元気に成長しているよ」と顔見せができた。
(こういう冠婚葬祭でケチったり、事前確認を怠ってマナー違反すると、後々ろくなことにならないからね)
(父さん、リュカはもうすぐ1歳になるよ。ぼくも春には12歳です。子育ては思っていた以上に大変だけど、たくさんの人に助けてもらってます)
泣いてしまうかもしれないと思っていたリュカは、母さん手作りのくまの人形を握りしめ、はぐはぐとよだれまみれにしてご機嫌だった。
ぼくの隣で、母さんも長いこと何かを祈っているようだった。
(また1年がんばろう。父さん、来年も家族揃ってミサを迎えられるように、どうか見守っていてください)
夏を前に、母さんがお針子として通いで働きに出ることになった。
元々父さんと結婚する前に働いていた工房から、戻ってこないかと声を掛けてもらったのだそうだ。
現状、ダミアン商会との専売契約のロイヤリティーで十分生活はできているが、幼いリュカの将来を思うと少し不安が残る。
母さんとしても、年齢的にブランクが空けば空くほど復職が難しくなる。
家のことやリュカの世話は、ぼくとエミリーさんとで何とかなるので、「タイミングがよかったね」とぼくは迷っている母さんの背中を押した。
そのことは、今でも間違った判断ではなかったと思っている。
最初は、仕事が休みの日のはずなのに、出かけることが多くなったなと思うくらいだった。
表情が随分と明るくなって身だしなみにも一層気を遣うようになっていたので、もしかしたらお付き合いをする男性でもできたのかなと、複雑な心境で見守っていた。
だが、だんだんとどうにも様子がおかしいことに気がついた。
きっかけは父さんの2周忌を前にしたある日、成金趣味な祭壇が家に届けられたことだった。
「え!ちょっと、母さん!この祭壇はなに!?」
「立派でしょう?今なら特別価格だって言うから、買っちゃった。これにお骨を祀れば、きっとあの人も喜んでくれるわ〜」
「はぁ!?一体いくらしたの!?」
「お母さんの貯めていたお給金で買えたから心配しないで〜」
「いやいや、そういう話じゃないでしょ…。来月は父さんの2周忌でただでさえ出費が嵩むのに…。それに母さんの給金は、リュカのためにって貯めていたやつじゃないの?今からでも遅くないから、これは返品してお金を返してもらおうよ」
「いやよぉ。そんなことできるわけないじゃない!ルイなら喜んでくれると思ったのに、お母さん悲しい…」
必死に説得しても母さんはがんとして返品を認めずに泣くばかりで、ぼくはほとほと困って頭を抱えてしまった。
(参った〜。いかにも怪しい押し売りじゃないか。こんなのどこの誰に相談すればいいんだ…。こんなとき、父さんがいてくれたら…)
それからぼくは、なるべく母さんに声をかけて話し合うようにした。
けれど、子どものぼくが何を言っても、あまり効果はなかった。
むしろ出かける頻度が増え、時どき朝帰りもするようになっていった。
たまに家にいてもぶつぶつと祭壇に祈っていることがほとんどで、とてもではないがリュカに近づけられなかった。
母さんの部屋にはきっとまた買わされたのだろう、あやしげなグッズがぽつぽつと増えていた。
我が家の財産や権利はぼく名義になっていて、例え母さんでも無条件に自由にはできないが、いまの状態では何をするのかわからなくて心配だった。
こういうときに一番頼りになるダミアン商会の女将ポリーヌさんにも相談して、母さんと話したり気にかけてもらえるようお願いした。
それに、母さんの勤める工房にもそれとなく話を聞きにいった。人目を避けるように訪れたぼくを工房長は訝しんでいたが、事情を説明すると気になる話しが聞けた。
母さんには特に仲の良い同僚の
現状、母さんも同僚の
工房長の話を聞いて、ぼくはぴんときた。まさに前世でも聞いたことのある勧誘の手口だったからだ。
きっと母さんは、誘われた先で宗教にハマってしまったのだ。
リュカはもう2歳を過ぎて、「にー、だっこ」や「まんま、おいちっ」と、一気に話す言葉が増えてきた。歩き始めは遅くてまだひとり立ちまでだが、もうそろそろな気配がしている。
この頃のリュカの成長はめざましくて、今日はどんなことを話してくれるのだろう、今日こそよちよち歩きを見れるかもしれないと、本当に楽しみで、ぼくは絶対に見逃すものかと思っていた。
だからこそ、かわいい盛りのリュカをなんで放っておけるのかと、母さんに憤りと悲しみを感じていた。
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