04. 離乳食と食事事情

 かわいい弟のリュカは、大きな病気をすることもなく、毎日すくすくと成長している。


 基本的にはシッターのエミリーさんとぼくで主にお世話をしているが、ポリーヌさんを初め商会の人たちや近所の主婦たちにも手伝ってもらっている。

 そのおかげか、リュカはあまり人見知りをせず、にこにこと愛想の良い赤ちゃんだった。


 天気の良い日は、抱っこ紐で近所を散歩すると大喜びで、行き交う人々も目尻を下げて見守ってくれている。


「リュカはかわいいね〜」

「あーうーきゃっきゃっ」


 ぷくぷくちぎりパンのようなお手々をよよいのよいすると、盛んに喃語を話して笑ってくれる。

 思わず、むっちりとしたふとももを優しくはむっとすると、きゃーと喜ぶ姿もかわいかった。


 そうして、リュカと遊んでいると、ドアをノックしてエミリーさんが部屋に入ってきた。


「ルイさん、そろそろリュカちゃんも離乳食をはじめて良いかと思うので、これから準備をしてもよろしいですか?」

「そっか。リュカももうそんな頃なんだね。いいけど、離乳食ってどんなものをあげるの?」

「初めての離乳食はだいたいお野菜のペーストですね。季節にもよりますが、にんじんやじゃがいも、白インゲン、かぼちゃが多いですよ」


 この世界の食事は、良く言えば素朴な素材の味だ。


 調味料は塩とワインから作られる酢、ハーブ類の3つでほぼ完結していて、胡椒と言った香辛料や砂糖などの甘味は高級品で庶民にはなかなか手が出せない。


 主食は小麦だが、普段は雑穀が混じった黒パンを食べ、お祝いなどの特別な日に白パンを食べる。

 王都は郊外に養鶏場があるので、鳥肉と、たまに卵も食べられた。


 そもそも食材のバリエーションが限られているので、鶏肉のソテー・季節の野菜スープ・黒パンでほぼ毎食固定だ。

 食にうるさい元日本人のぼくとしてはなんとも物足りなくて、あれが食べたいこれが食べたいと言う煩悩を抑えるのが大変だった。


「ぼくは離乳食についてはわからないから、エミリーさんに任せるよ」

「わかりました」

「ただ、赤ちゃんによっては食べるもので体調を崩してしまうことがあると聞いたことがあるから、しばらくは治療院の空いている時間帯にあげてみよう。ぼくも立ち会うよ」

「あら、そうなんですね。わかりました」


 ぼくは育児に関しては素人なので、ベテランシッターのエミリーさんの経験と知識に頼らざるを得ない。


 その反面、まだまだ医療や体系的な育児の知識が発展していない世界なので、すべてを任せてしまうのも怖い。

 アレルギーと言う概念も薄いようなので、心配しすぎと思われても、できる限りの目の届く範囲内で見守りたかった。


「じゃあエミリーさんが離乳食を用意してくれるなら、ぼくはみんなのお昼を作ろうかな」

「あら、それは助かります。お野菜をペーストにするのはなかなか手間がかかりますから」


 まだ子どものぼくは1人で台所の火を使うことを許されていないが、誰か大人が一緒であれば料理をして良いことになっていた。


 今日のメニューは、簡単パンのブリトーだ。

 前世の動画サイトでみて、作ったことがあったレシピをアレンジしているが、本当に簡単に短時間で作れて美味しいのでよく作る1品だ。


 雑穀と小麦から作ったパン種をフライパンでさっと焼き、手作りのバジルソースとすでに火を通しているチキン、それと少し贅沢にチーズを包んでさらに焼き色がつくまで焼く。

 そうすると、チーズがとろっとして美味しいのだ。


 あとは朝食の残りのスープを温め直して、添えれば完成だ。


「よし、できた!じゃあぼくは母さんを呼んでくるね」


 母さんも気力や体力が回復してきて、授乳以外でも徐々にリュカの育児に参加するようになっていた。

 時どきまだぼんやりすることもあるけれど、以前のように繕いものや刺繍をすることも多くなった。


 家事も育児も、チームワークで良いのだ。前世に比べて今世は何かと不便だ。ワンオペでは心も身体も疲れてすぐに潰れてしまう。

 できる人・やれる人で役割分担して、休みが必要なら休む。それで良いとぼくは思っていた。


「母さん、昼食だよー」

「はーい」


 エミリーさんがリュカに離乳食を食べさせているのを横目に、ぼくと母さんとで先に食事を始める。

 ぼくが食べ終わったら、エミリーさんと交代するつもりだ。


「「いただきます」」


 温かいうちにブリトーをぱくっと頬ばる。


「んーおいしい!」

「まぁ美味しいわ〜。お兄ちゃんは料理も上手ねぇ。このパン、十分売り物になるわぁ」

「そうかなー」


 なんてことない会話や食事だが、家族として昔のように温かい雰囲気が戻ってきたことに、ぼくはほっと胸を撫で下ろした。

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