02. 父の葬儀と出産準備
あの頃を思い出しても、とにかく忙しなくて、寒かったという曖昧な記憶しかない。
周囲の大人の手を借りて、小雨の降る中、なんとか父の葬儀を行った。
母さんは出産をひと月後に控えていた。
大きなお腹を抱え、寝室ですすり泣くばかりだったので、喪主はぼくが務めた。
この世界では、土葬してしまうとアンデッドとして蘇ってしまう危険性がある。
それに、病の原因にもなってしまうので、火葬が一般的だった。
アンデッドがいるんだな…と、ファンタジーな世界観にぼくは思わず遠い目をした。
遺灰は骨壷に納められた。
普通は近くの教会に納骨するのだが、故郷のアグリ国に納めて欲しいと父の遺言があったので、聖別されたお札を貼ってもらい家に持ち帰った。
ぼくが16歳で成人したら、アグリ国を訪れて、祖父母と顔合わせついでに納骨をする予定だった。
そこからもまた忙しかった。何せ翌月には、母さんの出産を控えていたのだ。
産婆さんやシッターの手配に、冬の防寒対策、新生児の育児に必要なものの準備や、国への必要な申請の確認などなど。
これは出産経験のある商会の女将、ポリーヌさんが中心となって手伝ってくれた。
男のぼくには、前世の記憶があろうとも未知のことだったので、本当に助かった。
「ルイは本当にしっかりしているわねぇ。それに、準成人の10歳を超えていて、本当によかったわ。そうでなかったら、もっと準備や手続きが大変だったもの」
「ポリーヌさんたちが手伝ってくれたからです。ぼく1人だったら、何をして良いかもわからなかったです」
「サラもそろそろ現実に目を向けてくれると良いんだけどねぇ…」
「そうですよね…」
母さんは泣くことはなくなったが、まだぼんやりしていることが多かった。
ずっと家に閉じこもっていては身体に悪いし、体力も落ちてしまうので、天気が良い日はぼくが手を引いて散歩させるようにしていた。
よっぽど父さんの死がショックだったのだとは思うのだが、これから出産も赤ちゃんの育児もある。
まだ10歳のぼくが頑張っているのだ。良い加減、母さんには正気に戻って欲しいというのが正直なところだった。
「このままだと、母さんに育児に専念してもらうのは難しいかもしれません」
「そうよねぇ。いくら住み込みでシッターを雇ったところで、交代要員として大人がいないのは厳しいかもしれないわねぇ」
「夜はシッターさんにお願いするとして、臨時でもう1人雇うことを考えています」
「それはいいと思うけれど、生活は大丈夫なのかい?」
「そのことで、相談があるんです」
ぼくが出産準備をしていて一番気になったことが、便利な育児グッズがこの世界にはほとんどないということだった。
特に、ぼくが生まれてくる弟妹の育児をするにあたって、早急に欲しいと思ったのが3つあった。
1つ目は粉ミルク。
この世界では、母親が授乳するのが当たり前で、足りなければ近所から貰い乳をする。
それでも足りなければ、ヤギ乳を加熱して、冷ましたものを含ませるのだ。
極力、母さんに授乳してもらうつもりではいるが、不安定な状態の母さん頼りになってしまうのは心配だった。
体質で母乳がでにくい場合もあるし、何より深夜や早朝の授乳問題もある。
前世でのフリーズドライを用いれば、粉ミルクを実現できるのではないかと考えたのだ。
2つ目は哺乳器。
吸い飲みのようなものはあるのだが、赤ちゃんに使うとなると誤嚥が怖い。
ある程度、耐熱・耐衝撃の哺乳瓶ができれば、誰でも簡単にミルクが作れるようになる。
それに、赤ちゃんにそのまま飲ませることもできるようになるので、粉ミルクとセットで欲しいと考えていた。
3つ目はおむつ。
現状、布おむつしかないので、汚物の処理が頭の痛い問題だった。
それに、庶民が使用している布は、質の悪い粗めの布だ。それだと、繊細な赤ちゃんの肌がかぶれてしまうと懸念していた。
これらは自分が必要だからという理由が大きいが、ダミアン商会と育児グッズを共同開発して、少しばかりロイヤリティーを貰えたら、生活の助けにもなって一石二鳥だと考えたのだ。
都合が良いことに、特許のような仕組みが商会ギルドにあることも知っていた。
「──ということで、商会と共同開発をお願いしたいのです。まず、粉ミルクは氷魔法が使える魔法師と、成分の調整が必要になると思うので薬師を手配してほしいのです。幸いぼくは鑑定や生活魔法が使えるので、実験に立ち会うつもりです」
ぼくは事前に木板に書いておいた仕様書を、ポリーヌさんに手渡して説明する。
「哺乳器の容器の部分は、サップ・プランツが使えると思うんです。樹液を型に流し込んで固めれば、透明の容器になります。飲み口の部分は、スライムゼリーに灰を入れると硬さを調整できますよね?硬めのゼリーを型に流し込んで、固めるのはどうでしょうか」
ちなみに、このサップ・プランツはガラス代わりに広く使われている素材で、軽く割れにくいという性質を持っている。この世界でも人気の素材だ。
「布おむつは、吸水性の高いスライムゼリーのシートを貼ります。布側には硬めのシートで水漏れを防ぎ、肌側には柔らかめのシートで吸水性を高め、赤ちゃんの肌に優しい二層構造にします」
矢継ぎ早なぼくの説明に、ポリーヌさんは呆然としていた。
けれど、だんだんと話が飲み込めてくると、目を爛々と輝かせた。
「これが実現できれば、すべての母親が大助かりだよっ!!!ぜひやろうじゃないかい。例え旦那が反対しようとも、わたしが責任持って説得するよ!」
と、まくし立てた。
それはもう、ぼくの方がタジタジとしてしまうほどの勢いだった。
でも、そんなパワフルで肝っ玉母さんなポリーヌさんの協力とやる気がうれしかった。
(強力な味方ゲットだぜっ!ってことで良いのかな)
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