【書籍化】祖父母をたずねて家出兄弟二人旅

泉 きよらか

第1章 出奔準備

01. 転生者のにぃにと幼児な弟

「にぃに、にぃに」


 顔をぺちぺちと叩かれる感覚で、ぼくは目が覚めた。

 胸に乗っている小さな弟のリュカを抱っこしながら、のそりと身体を起こす。


「リュカ、どうしたの?」

「しーしたー」


 ふわぁとあくびをするが、寝起きの頭はまだぼんやりしている。


 窓の外は暗いが、少しだけオレンジがかって来ており、どうやら夜明け頃のようだ。

 朝までぐっすり寝てくれることが多いリュカだが、今朝はおむつの濡れた感触がいやで起きてしまったようだ。


「ライト」


 小さな灯を天井にともして、枕元のおむつ替えセットを手に取る。


「はーいごろんしてー。キレイキレイしておむつ替えようね」

「あい」


 汚れたおむつを剥いてクリーンをかけ、ぷるもちな幼児のお尻を楽しみつつ、手早く保湿剤を塗って新しいおむつをつける。

 赤ちゃんの頃からお世話をしているので、慣れた作業だ。


(おむつ交換って、クリーンがなかったらなかなかヘビーだよなぁ。本当に生活魔法持ちで良かった。)


「はい、できたよ」

「にぃに、ありあとー」

「どういたしまして」


 きちんとありがとうが言えるかわいい弟にほっこりしつつ、おむつ布から汚れたスライムシートを剥がして、くるっと丸めてごみ箱に入れる。


 おむつ布はあとで洗濯するので避けておいて、ウォーターで手を洗って、最後に自分にクリーンをかけたら終わりだ。


「さ、リュカ、起きるにはまだちょっと早いからにぃにともう少し寝よう」

「やー」


 リュカの青い目はぱっちりしていて、いやいやと二度寝をするのを嫌がったが、ライトを解除した真っ暗な部屋で、まんまるのお腹をすりすりぽんぽんしているうちに寝息を立て始めた。


 あっさり眠ってしまったリュカの温かい体温を感じながら、逆に目が覚めてきてしまったぼくは、兄というより父の気分な自分に思わず遠い目をしてしまった。






 ぼく、ルイはいわゆる転生者だと思う。

 前世は日本の超高層ビルにある会社で働く、バリバリのサラリーマンだった。


 と言っても、顔や名前といった個人情報は思い出せないし、転生して既に13年目、記憶もだんだんと薄れている。


 よく物語にあるように、転生する前に神様にあって使命とチートをもらい、生まれ変わるなんてこともなかった。

 自我の芽生えとともにゆっくり前世の記憶が蘇って、10歳の頃には完璧に自覚があった。


 前世と今世の知識や人格が擦り合わさった結果、思考が大人寄りになってしまった。

 けれど、そうでなければここ数年乗り越えられなかったあれこれを思うと、むしろ前世の記憶があって良かったと思う。






 最初の悲劇あれこれは、今世の父マルクが病で倒れたことだった。


 この世界は前世とは違って、神や妖精と言った超自然的な存在が当たり前にある世界だ。

 もちろん、魔法やスキルも存在していて、準成人の10歳になると教会で洗礼を受けてスキルを授かるのが一般的だ。


 ぼくも10歳になった春に洗礼を受け、計算・鑑定・生活魔法と3つのスキルを授かった。


 前世では理系の大学を出ていたので、『計算』は納得のスキルだった。

『鑑定』を洗礼で授かることは珍しいが、目利きの商人であれば後天的に持っていることが多いし、『生活魔法』は8割の人が持っているスキルと言っても過言ではなかった。


 ちなみに、生活魔法はファイア・ウォーター・ライト・ウィンド・クリーン・ドライ・ホール・ストレージ・ヒートといった、生活をちょっと便利にする魔法が使えて、威力や範囲などは魔力量によると言われている。


 賢者や剣聖みたいなすごいスキルだったらどうしようと内心わくわくしていたが、蓋を開けてみればぼくはごく平凡な町人の息子だったということだ。


 幸いにも、ぼくは魔力が多く、広いストレージが使えた。

 それもあって、父さんの勤めているダミアン商会で見習いを始めてみてはどうかと、お祝いの席で話していた矢先に、父さんが倒れたのだ。


 当初は頭痛やめまい、発熱といった症状だったので風邪か何かだと思っていたら、あっという間に起き上がれなくなった。


 治療院の診断で感染する病気ではないことはわかったが、原因不明で明確な手立ては見つからなかった。

 次第に、大柄でがっしりとしていたはずの父さんは痩せてしまって、鼻や歯茎から出血するようになった。


 蓄えはあったので当面の生活は問題がなかったし、治療費も捻出することができた。


 問題だったのは、本来は喜ばしいことなのだが、父さんが倒れてすぐ後に、母さんの妊娠がわかったことだ。


 母さんはつわりが酷く、まだ流産が心配される時期だった。


 だから、父さんの看病は治療院からの紹介で雇った介護士や、生活魔法が使えるぼくを中心に、近隣やダミアン商会の人たちの手を借りた。


 そうして、必死に看病を続け、夏の終わりにダミアン商会の伝手で高価な上級ヒールポーションを入手できたのだが、父さんは少量を服用するなり吐血してしまった。


 鑑定スキルでは「状態:病」くらいしかわからないが、前世の記憶と照らし合わせると、おそらく父さんは細胞ががん化してしまうような病気だったのだと思う。


 頼みの綱だった上級ヒールポーションが効かなかったことで、治療は痛みを緩和し、ケアする内容に変わっていった。

 ……なるべく最期を心安らかに過ごせるように。



 父さんも自分の死期を悟っていたと思う。



「お前は長男だから、母さんとこれから生まれてくる弟妹を守ってくれ」と、いつ手配をしていたのか、商人ギルドの担当者を招いていた。

 そうして、ぼくは10歳にして、正式に家や土地などの権利書や財産を父さんから引き継いだ。


 それに、少しでもお前たちの助けになるようにと、頼りになりそうな人たちを紹介してもらい、父さんがやりとりしていた手紙なども譲り受けた。


 その時初めて知ったのだが、父さんの両親、ぼくにとっての祖父母は実はまだ健在で、温暖な農業国として有名なアグリ国で農業を営んでいること。


 父さんはたった1人の子どもで、本来であれば家業を継ぐべきところを、若気の至りで反発して家を飛び出してしまったこと。


 最近では反省して、故郷に帰るのも良いかもしれないと思っていたことを、父さんは清拭や水分補給の合間にぽつりぽつりと漏らしていた。



 もしも、何か困ったことがあったら、真っ先に祖父母を頼れとも。



 そうして、父さんはぼくや母さんのことを心配しながら、新年を待たずに静かに息を引き取った。

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