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「これを着ていけ」
「え?」
スッと魔法使いに何かを手渡される。
受け取って見ると、それは……。
「っ、これ……っ」
それは、男物の服。
しかも……。
「先程拝借して来た。想い人の服を一着くらい持っていても罰は当たらないだろう」
「……っ」
男物の服は、―――ラシャドの私服だった。
ラシャドが休日に街などへ出掛ける時に、見たことのある服だから覚えてる……。
「そろそろぐずぐずしている暇はないぞ」
「……っ……うんっ」
わたしは一旦考えるのを辞めて、その場でドレスを脱ぎ捨ててラシャドの服に着替える。
当たり前だけど、服からラシャドの匂いがした。
本当は更衣室で着替えたかったけど、時間がない。
男だと思われる魔法使いがいても、気にしてられない。
着替えてる途中で、魔法使いを見るとわたしに背中を向けていた。
「着た!」
素早く着替えて、わたしは次に所持品を準備する。
所持品と言っても、持って行ける物はズボンのポケットに入れられる必要最小限の物。
「これとこれとこれと……あ……」
見落としがないか引き出しを開けて、ふと目に入った物。
「………」
それは、ラシャドがさっきまでわたしの髪を梳かしていた櫛。
ラシャドがあたしの為に使って、触れていた物。
「っ」
わたしは、最後にそれを掴んでポケットに入れた。
これからこの櫛をわたし自身が使うことはあまりないんだろうけど、どうしても持って行きたくて……。
小さな薄い櫛だから、すんなりポケットに収まった。
「……よし!」
「準備は良いか?」
「うんっ! ……って、何を持ってんだお前……」
声を掛けられて魔法使いを見ると、魔法使いはわたしが着替えるまで着ていたドレスを持っていた。
「貴様は馬鹿か。このまま放置していたら、誰かが入って来た時におかしな解釈をされるだろう」
「……あ、そっか」
「一度着たドレスをクローゼットに戻すのは非常識だろ。だから燃やしておく」
「確かに」
「ほら、こっちだ。着いて来い」
「えっ、こっちは……」
魔法使いがドアとは別の方向……窓へ向かって歩いて行く。
「この部屋は貴様のプライベートゾーンだから無いが、部屋からそのまま出れば防犯カメラにオレたちの姿が映ってしまうではないか。本当に逃げるのならば、防犯カメラに姿が映らないように、証拠を一つも残さずに脱出するのが筋だろう」
「……仰る通りです」
ここから逃げ出すことが簡単じゃないのは分かっていたけれど……。
浅はかに考えていた自分をわたしは恥じた。
魔法使いがいてくれて、良かった……。
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