.





「……これで良い」

「え?」


 左足を足先まで触れると、魔法使いが立ち上がる。


「立ってみろ」

「は?」


 そんないきなり言われても……。


「手間を掛けされるな」

「うわっ」


 魔法使いが左手で、まだスカートを持っていたわたしの右腕を強く引っ張られる。

 その拍子に、車椅子から立ち上がる形になった。


「手離すぞ」

「っ!? ちょ……」


 制止する前に、魔法使いがわたしの右腕を離した。


「………うそ……」


 わたしは、―――立っていた。

 人でも物でも何か支えがなければ、立ち続ける維持が出来なかった足が……。


「立ち続けるだけじゃなくて、歩いてみろ」


 魔法使いがわたしに左手を差し伸べて来る。

 わたしはその左手に右手を伸ばす。

 手が重なると、魔法使いは後退りをして。

 わたしは引き寄せられるようにゆっくりと……。


「……っ……っ……!」


 声にならないとはこういうことなのだろう。

 わたしの両足が―――動いた。


「手離すぞ」

「う、ん……」


 再び魔法使いに手を離され、ゆっくりゆっくり。

 恐る恐る……足に力を入れる。


「………あ、るけた……っ」


 一歩、また一歩、わたしの足は動き、自分一人で歩いていた。


「どうだ。右目と髪を代価として失ったが、オレは貴様の足を治せただろう?」

「うん……うんっ!」


 わたしはゆっくりと、自分の部屋を噛み締めるように歩く。


「満足か?」

「……これ、いつまでこの両足で歩くことが出来る?」

「代価を払ったのだから期限などない。貴様が足自体を失わなければ、一生歩けるぞ」

「本当!?」

「これで貴様は気にせず何処までも逃げられる」

「魔法使い、ありがとう!!」

「!?」


 わたしは、正面から魔法使いに抱き付いた。


「……おい」

「魔法使いっ、わたしの足を治してくれて本当にありがとうっ」

「礼はいらないから、早く逃げる準備をしたらどうだ」

「あっ、そうだった!」


 早くしないと、わたしの部屋に誰かが来られたら困る!

 わたしは自由に歩ける両足を使って、逃げるための準備を急いで始めた。


「あーっ!!」

「……うるさい」

「所持品は何とかするとして服どうしよう!?」

「………」


 クローゼットを開けて、わたしは自分の服を見て焦った。

 わたしはドレスや女性特有の服しか持っていなかったのだ。


「このまま行く……? いやいや、誰かとすれ違ったらバレるし……」


 今のわたしのこの髪と右目……ましてや歩いてるところを見られたら、大騒ぎになるだろう。


「おい」

「!」


 頭の中でぐちゃぐちゃと考えていると、魔法使いに声を掛けられた。


「何故オレに頼らない?」

「へ?」

「オレは魔法使いだぞ?」

「あー……」


 いや、わたしの足を治してくれた魔法使いっていっても……。


.

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