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「……うっ」


 大好きな、大好きなラシャド……。

 ラシャドを想うと涙が出てきた。


「……どうした?」


 わたしが泣き出したことで、魔法使いが一旦作業を止める。


「……何でもない。ただ、髪に込めた想いとさよならしてるだけ」

「そうか」

「……あのさ」

「何だ」

「代価の分を切り落としたら、その後ベリーショートにしてくれないか?」

「は?」

「せっかく髪を切ってるんだもん。一回は耳全部出るくらいに短くしてみたいじゃないか」

「オレは美容師じゃない。一直線に揃えるならまだしも、そんな技術はない」

「失敗しても良いから切ってよ」

「……どうなっても知らんぞ」

「うん、お願い」

「………」


 ジョギ、ジョギン、チョキ、チョキチョキ……。

 ハサミのリズムを変えながら、魔法使いが再びわたしの髪を切っていく。

 髪を切られている時間は、長いのか短いのか分からない。

 ただ、10年間大切に伸ばして来た髪がこんなにあっさり無くなるのか。

 わたしは切り終わるまで、大人しくしていた。



「―――終わったぞ」

「!」


 しばらくして、カチャとテーブルに魔法使いがハサミを置いた。


「ほら、見てみろ」


 そして、わたしが愛用している手鏡を渡して来た。


「うっわぁ……」


 手鏡に映る自分は、さっきと全くの別人。

 神経を代価にした右目は、金色の色を無くした眼球は白ではなく黒くなっていた。

 腰まであったわたしの髪は、両耳とも耳が全て見えてベリーショートになっていた。

 ロングヘアーに合わせて着ていたドレスはベリーショートになった今、全く似合っていない。


「わたし、ベリーショートも結構似合ってるじゃないか。男の子みたい」


 右手で切られた右サイドの毛先に触れる。

 今まで髪は整えるのにハサミで数ミリしか切ったことがなかったから、ちくちくと初めての感触だ。


「……本当に髪切られて無くなってる。魔法使い、髪切るの上手だな」

「褒めても何も出ないぞ。ほら、最後に足だ」

「!」


 そうだ、足の代価として髪と右目を失ったのだから、治してもらわないと困る。

 わたしの後ろにいた魔法使いが今度はわたしの前に来て、またドレスのスカートを捲った。


「……これ、どうにかならない?」


 わたしにも羞恥心ってあるんだけど……。


「足が隠れるほど長いドレスを着ている貴様が悪い。邪魔だからスカートを持っていろ」

「はいはい」


 わたしは魔法使いの言う通り、邪魔にならないようにスカートを両手で持ち上げて掴んだ。


「………」


 右目や髪とは違って、魔法使いは無言で作業を始めた。

 スルスル、スルスルと右足から太股から足先まで両手で触れていく。

 視界に入っているから触られているんだと分かるが、触れられているという感覚はない。

 右足が終わったのか、次は左足を同じように触り始める。

 ………悪いが、ただ足に触れているだけとしか思えない。

 右目の時のような熱はない。


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