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「願掛け……確かにしてたけど。ついさっき、それは朽ちた」

「………」

「結婚が決まった時からもう意味はなくなったけれど、本当はこれからもこの髪を大事にしようと思った」


 毎日、日課でラシャドが丁寧に梳かしてくれた髪だったから。

 

「でも、状況が変わった。もうわたしには必要ない」


 この髪が、ラシャドと一緒に時間を過ごせる唯一の繋がりだったけれど……。

 嫁ぐにしろ逃げ出すにしろ、ラシャドと離れ離れになってはもう繋がりはない……。


「だから、この髪を代価にして。この髪につまった想いをお前が断ち切って……お願い」

「……了解した」

「!」

「貴様の意思、確と受け取った」

「お前……」

「早速始めよう。まずは片目からだ」

「うん!」


 こうして、両足の代価が決まった。


「……そういえば、どちらの目にするか決めてなかったな」

「利き目の方が良い?」

「視力は同じか?」

「だいたい同じ」

「ならば……右目にしよう」

「分かった」


 魔法使いがわたしの後ろにまわって、後ろから自分の右手でわたしの右目を隠す。


「これからは、これがお前の視界になる」

「あんまり変わらないな。なぁ、魔法使い」

「何だ」

「……眼球を取る時って痛い?」

「痛みはない。目の場合、目玉ではなく神経が代価になる」

「そうなの?」

「ああ。少し、静かにしていろ」

「………」


 魔法使いがそう言った瞬間、右目を覆う魔法使いの右手から少し熱を感じた。

 熱くはないが、例えるなら右目に湯たんぽとかを当てられたような感じ。


「―――右目の神経を頂いた」


 そう言うと、わたしの右目から魔法使いの右手から離れた。

 わたしは左目を左手で隠して、右目で数回瞬きをする。


「うわ……本当に見えない」

「瞬き出来るから目玉はきちんとあるだろう? 今ならまだ引き返せるぞ」

「いらない。続けて」

「分かった。次は髪だ」

「……うん」


 自分で代価にすることを決めたけど、いざとなると……。


「……言っておくが」

「ん?」

「髪は切り落としたら、戻せないぞ」

「……髪を切り落として、元に戻ったら怖いよ」

「なら、良いが……」

「代価が髪の場合どうなるんだ? 全部取られて、スキンヘッドにされるの?」


 それは嫌だなぁ……。


「髪の長さによるな。貴様の場合はロングヘアーだからな。ある程度まで切り落とすだけだ」

「……髪は切り落とされたら、もう伸びない?」


 右目のように神経だったら、伸びないんだろうな……。


「男なら神経を取られ伸びないが、女にとって髪は生命だ。切り落とすだけで良い。だから、髪はまた伸びる。だが、このように再び美しくは伸ばせないだろう」

「……そっか」

「辞めるか?」

「迷いが出ない内に早く切って。あ、ハサミとごみ箱なら……」

「ここにある」

「大変準備が宜しいこと」

「魔法使いだからな」


 魔法使いがわたしの髪を掬う。

 同じ『掬う』でも、ラシャドとは全く違う。


「いくぞ」


 ジョギッ!


「っっ!!」


 ハサミが髪を切る、あの独特の音。

 思わず、わたしは強く目を瞑った。


「………」


 ジョギジョギ、と魔法使いが無言でわたしの髪をハサミで切っていく。

 髪を切られている時に、ラシャドの顔が頭に過った。


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