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「……ふっ」


 フラれた。

 大好きなラシャドにフラれてしまった。


「こ、これで良かった……?」


 涙が溢れて来た。

 ずっと泣くのを我慢していたのをやめたから、当たり前か。

 明後日、結婚するわたしには丁度良かったかな……。

 執事に恋したわたしが悪い。

 ラシャドとわたしでは立場も身分も違う……。

 だから、これを機会に堂々とあたしの夫になる王子に、顔向けできる……。


「………なんで、なんで……っ!」


 両手で両方の太股を強く叩く。

 何故、この足はぴくりとも動かないのだろう。

 歩けるのなら、今すぐ逃げられるのに……。


「車椅子じゃ、逃げられない……」


 車椅子で逃げたって、すぐに捕まる。

 車椅子で行けるとこなんて、限られている。


「歩きたい……っ! 歩きたいよぉ……っ」


 ……“あの日”がなければ、わたしは今頃車椅子生活など送っていなかったでしょう。

 政略結婚が嫌なら今すぐここから、……この国から出て行けたでしょう。

 あの日、と言っても詳しくは覚えていないけれど……。


「ラ、シャド……っ」


 あなたはわたしの側にいると、忠誠を誓ったじゃありませんか……。


「好きじゃなくても良いからぁ……っ」


 もしも歩けたなら、出て行ったあなたをすぐに追い掛けて追い付くことが出来るのに。

 次の仕事へと階段を降りてしまうあなたを追い掛けても、車椅子では階段を降りられない。

 ヒロインぶるつもりはないけれど。

 わたしは鳥かごに囚われた鳥と同じ存在だ……。





「―――おい」

「!」


 知らない声で、わたしは目を覚ます。


「あれ、わたし……?」

「泣き付かれて眠るとは良いご身分だな。まぁ、実際この国の姫君だが」


 わたし、寝てたのか……?

 近くにある時計を見ると、あれから30分も経っていなかった。


「お前は……?」


 声のした方を向くと、そこには知らない人間がいた。

 黒いフードつきのコートを着た、声からして多分男。


「オレか? オレは……魔法使い、とでも言っておこうか」

「……魔法使い?」


 自分の身分を明かしたくないからって、そんなお伽噺に出て来る実在しない存在を言われても……。


「信じるも信じないも姫君次第だ」

「その魔法使いとやらが、わたしに何の用だ?」

「……ほぅ、信じるのか?」

「本人がそう言ってるんだから信じるしかないだろう?」

「得体の知れない者に危機感というものがないのか、貴様は」

「自分の身分を弁えて、危機感がないわけじゃない。危険だと感じれば大声で叫べば良い」

「その前に喉を潰されたらどうする?」

「その時はその時だ。もし本当にお前が危険人物ならとっくにそうしているはずだ。それにお前からは危機感を抱かない」

「!」


 わたしの言葉に、男――魔法使いが少し後退りをした。

 その時、顔が隠れるくらいに深く被っていたフードが取れて、魔法使いの顔が見れた。


「へぇ、綺麗な赤だな」

「綺麗? これは血の赤だ」

「お前が血って例えようが、綺麗なものは綺麗だ」


 魔法使いの髪の色は、真っ赤だった。

 肩まで伸びた真っ赤な髪に、銀色の瞳。

 この国では異端かもしれない。

 でも、気味悪いとは思わない。

 むしろ、綺麗だ。


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