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「姫様、国の連中は姫様のご結婚を心から祝福していますよ。街の様子を見ましたか?」

「見るわけないだろう」

「では、実際に見に行きますか?」

「見に行けるわけないだろう」


 わたしは両手を使って、髪を梳かしているお前から離れる。


「この車椅子で街の様子を見に行ってみろ」


 わたしの周りにはたくさんの護衛をつけられて街の注目を浴びて、良い笑いものだ。

 10年前からわたしの足は動かない。


「姫様、まだ髪を梳かし途中です」

「わたしの婚約者とやらも物好きだよな。王族なのに歩けない車椅子生活のたった16の小娘がそんなに珍しいか!」

「姫様」


 わたしがお前から離れてもお前はスタスタと歩いて、何ともないようにわたしの後ろにまわると髪を掬い、また櫛で梳かしていく。

 わたしが喚いても、ただ日課を淡々とこなすだけ。


「もう梳かさなくていい!」

「いけません。姫様たるもの身だしなみは大切です」

「………」


 侍女じゃなくて、いつから執事であるお前がわたしの髪を梳かすようになったのか。

 もう覚えてないけれど……。

 腰まで伸びたこの黒髪は、わたしの自慢。

 周りの人間が『綺麗』だと口を揃えて言われるくらいに。

 歩けないわたしが唯一、褒めてもらえる身体のパーツ。


「……ラシャド」

「なんでしょう?」

「わたしが結婚したら、この日課ってどうなるんだ?」

「さぁ、どうなるんでしょう?」

「……知らないのか」

「決めるのはあなたの夫である婚約者様で、僕はそれに従うだけです」

「わたしは隣の国に嫁ぐから明日にはここからいなくなるけど?」

「僕はここにいて、今後はヘクター王子に仕えます」

「……じゃあ、なくなるじゃないか」


 ヘクターとはわたしの弟で、ジョヴィル国の第一王子だ。

 わたしの6つ下で10歳になる。

 いつも『姉様姉様!』って、わたしを慕ってくれてる。


「そんなに自分の髪を梳かす人間がいなくなるのが嫌ならば、婚約者様にやってもらって下さい」

「やだ」

「僕じゃなくても誰だって良いでしょ、―――こんなもの」

「………」


 わたしが大切にしているお前と2人で過ごせる唯一の時間やこの黒髪を“こんなもの”か……。

 別に髪は自分で梳かせる。

 現に毎日起床してから、身だしなみを整えるのにわたしは自分で髪を梳かしている。

 歩かないと出来ないこと以外なら、わたしはある程度は出来る。

 出来ることは周りに頼らず、自分でやる。

 料理とかは包丁が危ないとかで制限があるけれど。


 髪を梳かしてもらう時だけはお前に―――触れてもらえるから。

 触れられるのは髪で、わたし自身ではないけれど。

 髪でも指でも手でも……好きな人には、触れてもらいたいものだろう?


 わたしはお前が……ラシャドが好きだ。


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