第18話 すまんてっちん……ちょっとこっちみないで……

 懸念事項はひとまずは解決した……と思う。そう安堵した俺たちは、一礼してから職員室を出た。

 先生に言われた通り教室に帰る途中の中庭、備え付けの自販機が視界に映ると彩人は「ちょっと待っててくれ」と小走りに自販機へ駆け寄る。


 タタタっと嬉しそうに一本のペットボトルを片手に彩人が帰って来たと思えば、それを俺の方に渡してきた。


「ほい、お礼」

「なんの?」

「あー……まぁ、色々? 困ったことに付き合ってくれたことに対してだな」

「いいよ別に、いちいちお礼してたら彩人の財布が先に死ぬぞ」


 じゃあこれからも頼むぜてっちんということでさ、と両手を合わせてウインクしながら笑う彩人。あざと可愛い……多分無意識なんだろうな。


 そんな彩人を見てしょうがねぇなぁと思ってしまうのは、果たして彩人だからなのか美人だからなのだろうか……

 顔が火照っているのを隠すようにもらったペットボトルを頬に当てる、ひんやりして気持ちがいい~って。


「なんだこれ? 聞いたこともねぇ飲みものなんだが」

「だろ? オレも聞いたこと無いから買ってきた!」

「なんで未知のものを飲ませようとしてんだ彩人!」

「でも炭酸って書いてあっただろ!? てっちん炭酸好きじゃん!」


 好きだけど!聞いたことも見たこともない炭酸をお礼に買ってくるか普通!?

 そう文句を言いながらも、湧いてくるのは「どんな味なんだろうか」という興味。いつも飲んでいる無色透明のサイダーとは違って、黒色の炭酸。パッケージを見ると……うっわ、醤油をサイダーで割ってるのか。


「……飲んでみるか」

「おっ、イッキだてっちん!」

「得体のしれないもんイッキ出来るか!?」

「自販機で売ってたんだから飲めないことは無い……はずだぜ!」


 そんな無責任な彩人の応援を胸に、俺はプシュッとキャップを開ける。

 においは……うん、醤油だな。超醤油、ほんとに飲んでいいのか?口をへの字に曲げながら彩人の方を見ると、キラキラとした目で俺の方を見ていやがった。


 えぇいままよ!俺は意を決して飲んでみる……ん?美味い。


「意外といけるなこれ」

「マジ!?」

「おい、マジとはなんだマジとは。吐くのを期待してたなこのやろう」

「あっ、やべ」


 バレちった、とてへぺろしている彩人に、罰として俺の持っていた醤油のサイダー入りペットボトルを口に突っ込んでやる。

 なにやら飲みたくないと首を横に振ってもごもご言っていたが、一口飲んだ彩人は目を丸くして俺の方を見た。


「うめぇ……」

「だろ? 甘い炭酸に醤油の塩気が意外といける」

「これ置いた業者天才すぎるだろ、やべぇとまんねぇ」

「おい彩人!それ俺のお礼のやつだろ!」


 ちゅぽんっと彩人の口からペットボトルを引き抜いて残りを慌てて飲み切る。彩人が横から「あっ……」と聞こえたが知らん、羨ましかったらもう一本買ってこい。


「美味かった……」

「…………だな」

「定期的に買っちまうかもしれん、なぁ彩人?」

「すまんてっちん……ちょっとこっちみないで……」


 思いっきり顔をそむけた彩人、よく見ると耳が真っ赤で……あ。

 遅ればせながら間接キスをしていたことに俺は気が付く。な、なに意識してんだよ彩人!

 ずっと俺たち飲み物はシェアしてたじゃねえか、いつも通りにほら――って誰に言い訳してんだ俺!?


 彩人のその態度に、俺もペットボトルで冷やした顔が再び熱くなる。俺は心を落ち着かせるために、彩人を置いてペットボトルを自販機の横にあるごみ箱に捨てにいった。


 ――彩人が可愛すぎる。

 あのアホみたいに可愛い生き物は彩人と言い、体長1.5メートル体重は知らないが小柄なサイズです。

 そしてあの可愛さでいつも俺にベタベタくっついてきます。


 あの可愛さを超える人さえ数少ないのですが、彩人は驚くことにあの可愛さを保ったまま男の時の距離感で接することがあります。

 それほどまでに可愛い容姿と男が好きそうな性格をしている彩人ですが、ひとつだけ致命的な欠点があります。


 それは奇跡的な頭の悪さです、ダチョウは巨体とは裏腹に脳みそはくるみサイズと非常に小さくしわもありません。そのため、記憶力が壊滅的――っていつの間にかダチョウの解説になっていた。


 頭が悪いのは同じなので、ついそこの共通点で彩人の解説から本来のダチョウの解説に変わってしまった……っと。

 昨日スマホで見ていた動画の彩人バージョンアレンジを脳内で再生しつつ、冷静に努めようとしている俺。


 可愛いのはもう仕方ない、男だった時から彩人はイケメンだったのだから顔が良いのは慣れよう。

 だが男の時と同じ距離感で来るのは心臓に悪い、しかもそれに気が付いてから恥ずかしくなって顔が赤くなるセット付きだ――良い匂いもするし柔らかいし。


「やめやめ、これ以上考えたら彩人を意識してろくに話せなくなる」


 自販機の前で独り言を切り上げた俺は、かぶりを振って彩人の元に帰ろうとする……と。


「なぁー、連絡先ぐらいいいだろ? 教えてくれよ」

「あ……その……」

「ナンパされとる……」


 いかにも上級生の先輩らしき男子生徒に、彩人が詰め寄られていた。俺は固まっている彩人の姿を見ると慌てて二人の元に近寄る。

 まずいまずい、彩人は他人に嫌われるのが怖くて強く意見を言ったり否定するのが苦手なんだよ……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る