第16話 彩人がいつもより近い、というより密着してくる

 次の日、俺たちが学校に向かって通学路を歩いていると彩人がふと何か思い出したかのように「あ」と声を上げた。


「ん? なんか忘れ物か?」

「いや、昨日てっちん家から帰る途中でナンパされたんよ」

「あー……彩人昨日女性の服着てたもんな」

「そうそう、今こうして普通に喋れてるのってこの男子制服のお陰だよなーって」


 自身の胸元を軽く引っ張りながらそう言う彩人に、俺も周りが遠巻きに見ているだけで声をかけてこないことを遅ればせながら知った。


「俺たちって仲のいい男子高校生同士に見えるんだな」

「おいおいてっちん、オレたちはずっと仲のいい男子高校生同士だろ?」

「今のお前は女の子じゃねえか」

「しーっ!」


 声が大きいと彩人に肩を組まれて至近距離で小声になるように言われる。柔らかいいいにおい……じゃなくて。


「お、おいいきなりどうした?」

「オレが今女の子ってのは秘密にしといてくれよ、ナンパとか余計なこと巻き込まれたくない……昨日めっちゃ付きまとわれてウザかった」

「あー……おけ」

「助かるてっちん」


 話を合わせろ、ということらしい。俺は彩人の頼みを聞いて男子高校生のていで学校まで話す。

 ただ……彩人がいつもより近い、というより密着してくる。


「お、おい彩人」

「こ、これぐらいアピールした方が良いだろ……?」

「流石にべたべたしすぎだろ……」

「……ナンパがウザかったんだよ」


 俺の腕に抱き着きながらそんなことを言ってくる彩人が上目遣いに『ダメ……か?』と弱弱しく聞いてくるもんだから、俺は頷くしかなかった。

 くっそ、可愛すぎんだろうちの親友……っ!


 このまま学校に向かい、校門が見えてくると彩人は少しほっとした様子で俺の腕を手放す。


 ……「ウザい」だなんて口では言ってたけど、本当はナンパをした人に粘着されたのが怖かったのだろう。

 だけど男としてのプライドが「男に怖がっていた」と俺に言いたくないのか、ナンパを近づけさせないためにーなんて強がりやがって。まったく……


「しばらく一緒に帰るか?」

「っ……それは、いつものことだろ」

「そうじゃなくて。送るよ、家まで」

「てっちん……!」


 やめろやめろ、目を輝かせるな可愛すぎるから。男子制服バリアも長くは続かないだろう、彩人の周囲の視線を無意識に集めてしまうもんだからじっくり見られると女の子だとバレてしまう。


「早急になにか対策を考えないといけないなぁ」

「? てっちんが一緒にいたら安心だろ?」

「俺に盾になれと?」

「行け、てっちんバリアー!」


 てっちーん!と鳴き声を上げながら両腕をクロスした俺を見て大爆笑する彩人。ふざけ合ってる俺たちに、校門前に立っていたジャージ姿の古堅先生がため息をつきながら俺たちの方に近づいて来た。


「朝から元気だな伊達、天童。校門前でふざけてたら他の人が危ないし迷惑だろうが、ふざけるなら教室に入ってからにしろ」

「へへ、すみません先生。あとおはようございます」

「ふわぁ~……おはよう。こちとら新学期が始まってハジけた生徒がいないか『風紀強化月間』とかで朝早くから駆り出されたんだ、余計な手間増やすんじゃねえ」

「お疲れ様です古堅先生……行くぞ、彩人」


 俺たちは先生に挨拶を返しながら教室に向かう。扉を開けると、遠慮がちながらも『おはよー』という声が先に来ていたクラスメイト達から上がった。


「おはよー」

「お、おはよ……」

「そんなビビんなって彩人、『普段通りに接して上げてくれ』って俺が言ったからみんな守ってくれてるんだよ」

「……そ、そうか」


 俺たちがカバンを置いて自分の席に座ると、先に教室に来ていた轟さんがこちらに向かってきた。


「おはようさん二人とも」

「おはよう轟さん」

「お、おは……よう?」

「そーいや伊達くんとは喋るの初めてやね。私、轟ぃ言うんです」


 轟さんが丁寧にお辞儀をして自己紹介をする。所作が美しいのは京都の出だからだろうか……そんなことを思わずにはいられないほどに、轟さんの礼は美しかった。


「あー、これなんて言うんだっけ。『やんわり』?」

「いや……『は』から始まってた気がする」

「もしかして『はんなり』でございましょか? やだわぁ天道さん、口がお達者で」

「そうそれだ!」


 お辞儀をしてズレた眼鏡の位置を戻しながら、空いている手で口元を隠しつつころころと笑う轟さん。


「って。オレの自己紹介のタイミング奪うなよてっちん……オレは伊達彩人、てっちん――哲俊とは知り合いなのか?」

「知り合い言うほどでも無いんやけどね、近所にデパートがありますでしょ? あそこで道に迷うてたとこを天道さんに助けてもろうてね」

「ほら、小鐘と化粧品買いに行っただろ? あんとき」

「あぁ~!」


 軽く事情を説明すると、彩人が納得したように深くうなずいた。お互いに自己紹介したところで、話題は彩人のこと……ではなく今日の『風紀強化月間』のことを轟さんは話し始める。


「さっき、風紀委員らしい先輩に『スカートの丈がみじこうないか?』と言われて巻き尺で測られましたわ」

「……あー、そういやそんな人もいたな」

「? どうしたんですの、そんな鳩が豆鉄砲食らったようなお顔して。いきなり変顔して私を笑わせようしてます?」

「そうじゃなくて……その、中学校のころはオレのことばかり聞こうと人が群がってきたからさ。話題が飛んでくるのかと身構えていたら、肩透かしをくらった気分というか」


 彩人がそんなことを驚いた表情のままで言うと、轟さんは『そんなことですの』とおかしそうに笑った。


「天童さんから『普段通り』ぃ言われましたから。やったらこれが普通やない?」

「……そう、だな。ありがとう轟さん」

「ええてええて、私も愚痴らせてもらいますわ。足長いだけー言うのに、スカート短い言うて聞かへんもん。あそこのいけずたち」

「わかるー、堅物だよねここの風紀委員。あたしなんか持ち物検査でリップ取られたー」


 轟さんが女の子だからか、会話を聞いていた他の女子生徒たちが会話に混ざってくる。彩人も自分のことに触れられないことに安心したのか、ぎこちないながらも会話に参加していた。


 そうなってくると女子の会話に混ざれないのが俺、天童哲俊。そそくさとその場から離れて遠巻きから眺めている男子生徒の集団に手を挙げて軽く挨拶する。


「よっ、おはよう」

「はよっす。なぁなぁ、お前って伊達さんとどういった付き合いなんだ?」

「彩人とは親友だよ。小学校からの付き合い」

「幼馴染ってやつかぁ~、っくう羨ましい!」


 憎まれ口をたたきながらも、冗談だと分かるように大げさに反応するみんな。男子同士の会話ってなんでこんなにも落ち着くんだろうな?


─────────────

【後書き】

ここまでお読みいただきありがとうございます!

3月22日、明日の更新は所要のために出来ません……明後日の更新をお待ちください。

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