第15話 ……いくらなんでも満喫しすぎだろ、親友と言えでも男の部屋で

 なるほど、バッハの音楽を聴くと性欲が落ち着くのか……とスマホで調べていると、かちゃっと扉が開いてげんなりした彩人とからかい終わって満足気な小鐘が入って来た。


「なんとか誤解は解けたよてっちん……」

「誤解じゃなくてもあーしは構わないけどねー。あ、おにぃ最新刊読ませて」

「勝手に本棚から取ってけ。ほい彩人、一巻」

「「あざーす」」


 投げやりな返事をした二人はそれぞれマンガを取って読み始める。俺はその間に、現代国語の予習をしようと勉強机に座った。


「ん? てっちん勉強?」

「現代国語の予習……古堅先生に多めに当てられても大丈夫なように」

「真面目だねぇてっちんは」

「当てられて『分かりません』って言うの恥ずいじゃん……」


 そう言いながら現国の教科書を開いて読み始める、ふむふむ――最初は随筆ずいひつからか……

 小鐘と彩人はマンガを黙々と読み、俺は分からない漢字を電子辞書で調べて過ごす。


 なんだよ『饒舌じょうぜつ』って、おしゃべりじゃダメなのかよ……小難しい漢字使いやがって。

 そんなことを思いながら教科書の横にルビを振っていると、小鐘と彩人がマンガを読み終わってガールズトークを繰り広げていた。


「はー、今回もマジ面白かった~。ねぇねぇ彩人さん、なんで今日はメイクしてないんですか?」

「え? あぁ……一人じゃ上手いこと出来なくてさ。鏡見ながら狙ったところに化粧するの、難易度高すぎた」

「あ~、最初は1人でメイクするのムズイの忘れてたわあーし……」

「小鐘なんか、最初にオカンの化粧品でメイクしたとき化け物になってたもんな」


 俺が『鬱屈うっくつ』の漢字の横にルビを振りながらそう言うと、おにぃうっさい!と小鐘から怒られる。

 だって本当のことだろ?しかもあの時の顔ときたら……ぷぷぷ。


「口紅塗ってはみ出して、失敗を隠そうとさらに塗っていったらさ。最終的にたらこ唇みたいになってやんの」

「あーあー! 女の子は誰しも一番最初のメイクは失敗するもんなの! おにぃデリカシー無さすぎ、だからモテないんだよ!」

「俺がモテないのは隣にもっとモテるやつがいたからだ!」

「彩人さん横にいなくてもおにぃはモテないでしょ!」


 ぐっ、反論できない……おにぃは口げんかに弱いのだ。

 妹に論破されて素直に謝る俺を見て、彩人はおかしそうに笑う。


「別にてっちんの顔、悪くないと思うんだけどなぁ~」

「おにぃの顔は悪くないですけど良くもないんです。そんなフツメンなのに髪の毛とかファッションとか気にしないから総合的にモテないんですようちのおにぃは!」

「彩人も男の時はファッションとか気にしてなかっただろ!?」

「彩人さんはそもそも顔面が良いからどんなものでも似合うの! おにぃは別!」


 項垂れている俺にさらなる死体蹴りを放つ小鐘。もうおにぃのライフはゼロよ……

 彩人はそんな俺を慰めるように肩をぽんぽんと叩いた。


「まぁまぁ、てっちんも高校入学を機にデビューしたら?」

「デビューするには二日遅れてるんだよなぁ……」

「ほら、入学式のときの髪型とか良かったじゃん」

「だってよ小鐘。良かったな」


 俺が教科書から目を離して小鐘の方を向くと、そこにはんふーと自慢げに胸を張りながら鼻を鳴らす妹の姿が。

 親父からワックスをパクった甲斐があるってもんだな、と俺は教科書を閉じて予習を終わる。


「お、勉強はもういいのか真面目君?」

「漢字調べたぐらいだから時間はそんなかかんねーよ不真面目君」

「だれが不真面目君だ!」

「だって予習とか復習とかしたくない性質だろ? 彩人は」


 確かに、と彩人は納得して笑いながら読み終わったマンガを本棚に戻す。出来る限り動きたくないとベッドに四つん這いになって手を伸ばすもんだから、スカートが捲れあがって色々危ない……白い太ももが露わになっているのを見て、俺は慌てて視線を彩人の後姿から目をそらした。


「……おにぃのえっち」

「うるせぇ……つかそういうのは俺より同性のお前が教えろよ」

「彩人さん相手だと同性はおにぃでしょ?」

「今はお前だろ」


 今の彩人は『無防備』という言葉が似合う。徐々じょじょに緊張が解けて、俺の部屋でいつも通りに過ごすもんだから、膝上のスカートで遠慮なく胡坐あぐらはかくし、俺のベッドで寝ころびながら足をパタパタしているし……いくらなんでも満喫しすぎだろ、親友と言えでも男の部屋で。


 小声で俺たちがひそひそ話をしている間でさえ、彩人は一巻を読んだら続きも読みたくなったのか二巻目を本棚から取り出すと、仰向けになりながら膝を立てて読み始めている――角度が角度ならパンツが丸見えだぞあれ。


「……おっけーおにぃ、あれは流石に無い」

「任せた。俺はちょっとコンビニでスイーツかお菓子買ってくるからその間に頼む」

「あーしエクレア」

「ん? てっちんコンビニ行くのか? じゃあオレ、ポテチ!」


 はいはい、買ってきてやるよ。マンガから目を離しては俺に注文してきた彩人に手を振りつつ俺は自分の部屋を出た。


「あの、彩人さん――」

「なに、小鐘ちゃん――」


 扉を閉めると部屋の中から小鐘と彩人の声が小さく漏れ出ているのが聞こえる。小鐘はすぐに彩人に言ってくれるようだ、出来る妹だぜ全く……スマホで時刻を確認すると午後の3時過ぎ。


 おやつの時間に丁度いいな、エクレアとポテチと……俺はアイスかな。俺はコンビニに行って適当に目当てのお菓子を買うと、溶けないうちにと少し急ぎ目に家に戻る。


 階段を上がって自分の部屋に戻ると――


「お……おかえりてっちん……」

「おけーりー、エクレアー」


 やり切った顔をして俺が持っているレジ袋を奪ってエクレアを探す小鐘と、やけに姿勢の良い正座をして顔を真っ赤にして俯いている彩人がいた。

 どうやらちゃんと小鐘は仕事をしてくれたらしい、俺は小鐘が自分の分だけを取って残りをぽいっと適当に投げていたレジ袋を拾い上げてポテチを取り出す。


「ほれ、コンソメ味」

「あ、ありがとな……」

「お手拭きももらってきたから、マンガ読むときは手を拭いてからな?」

「……おう」


 彩人にコンビニからもらってきたお手拭きを手渡そうとする、と受け取ろうとした彩人の手と触れる。

 その瞬間、バッと彩人が大きくのけ反ってお手拭きが床に落ちた。


「ごっ、ごめんてっちん……」

「い、いやいいよ。俺が拾う」

「ぅん……」

「机に、置いとくからな?」


 ギクシャクとした会話に居心地の悪さを感じる。小鐘……お前いったい彩人に何を教えたんだよと俺がじとーっと小鐘の方を見てみたが、我が妹は俺の責める視線もどこ吹く風でエクレアを美味しそうに頬張っているのだった……

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