第13話 彩人はあれで人に注目されたりするのが苦手なんだ、普通の人と同じように接してやってくれ

 テストも終わり、放課後。古堅先生が教室かた出て言った瞬間、わっと彩人の周りにクラスメイト達が集まる。

 昨日は入学式で、今日はテストだったものだから今までお預けをくらって限界だったのだろう――我先にと口々に彩人に声を掛けてきた。


「こ、こんにちは伊達さん!」

「きゃ~っ! かわいい~、その白髪って地毛なの!?」

「ちょっ、見えね……っ」


 女子生徒に囲まれて、外に追いやられている男子生徒たち。今の彩人は女の子だから、怯えさせないように少し躊躇ちゅうちょしてしまったのが出遅れる形となた。


「……すごい人気やねぇ伊達さん」

「轟さん。彩人の方に行かなくていいのか?」

「あはは……あんなかに飛び込む勇気はあらへんわ」


 轟さんがこっそり俺の方の席にくる。俺の席が彩人に近いので、周りから見れば轟さんは彩人に興味を持っているように見えるだろう。

 うーむ、これが女子高生がぼっちにならないためのスキルか……そんなことを考えながら俺は轟さんと話す。


「まあ、このわちゃわちゃした空間に入る勇気はないよなぁ。見ろよ、男子が遠巻きに見てることしか出来てない」

「あら~……完全に女の子たちが囲んじゃって入る隙があらへんのやねぇ。あ、他クラスの子まで集まってきたわ」

「こりゃ彩人、しばらく動けそうにないな」


 目を回しながら必死に四方八方から飛んでくる質問に答えている彩人を遠巻きに見ながら、俺は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。


「どうすっかなぁ?」

「天童くんは帰らへんの?」

「彩人を放っておいて帰ると、絶対後ですっごいネチネチ言われる」

「ふふふ……仲えぇんやね、伊達さんと」


 まぁ、10年近くの中ですから。からからと笑う轟さんに、自慢げに胸を張って俺はそう返した。


「しっかし、えらい別嬪べっぴんさんやねぇ伊達さん。昔からこうですの?」

「いんや……てか彩人はそもそも男だぞ」

「……はぁ!?」


 轟さんの大声に、びっくりしたみんながこちらを向く。いきなり注目が集まったことに俺がたじろいでいるのも気にせず、轟さんは取り乱しながら俺に詰め寄った。


「だ、男子の制服着てんなぁとは不思議に思っとったけど……ほんまに男ですの?」

「あー厳密には元男……みたいな? 今は身体は女の子だけど、昔は身長高めのイケメン」

「……あんさん私をからかってます? 昔から女の子に見紛みまがうほどの男子だったともかく、イケメンからこない別嬪な子になるわけあらへんて」

「見る? 彩人の中学校の写真」


 ほれっ、と俺はスマホをポケットから取り出してカメラで撮った中学生時代の写真を轟さんに見せる。

 他のクラスメイト達も気になったのか俺のスマホ画面を見ようとぎゅうぎゅう詰めになって大挙してきたので、今のうちに彩人に目配せすることにした。


(逃げろ彩人! 今のうちだっ!)

(助かるてっちん! けど中学校のころのオレの写真で釣るのは恥ずかしいからやめろ!)


 ……意図は伝わったようだが、彩人がすっごいジト目で無言の抗議を送ってきたのは何なのだろうか?

 まぁ大方『変な画像見せんなよ!?』みたいなことを言いたかったのだろう、うん。


「え!? これが伊達くん!?」

「嘘かっこいいー……それがなんで今――あれ!?」

「あ! いない!」


 遅ればせながら彩人が消えたことに気が付くみんな。俺はカバンを持ちながら彩人を探している教室内のクラスメイトに困ったように笑う。


「彩人はあれで人に注目されたりするのが苦手なんだ、普通の人と同じように接してやってくれ」

「で、でもぉ~……ねぇ?」

「うん……」

「珍しいのは分かるけど、いつか慣れるって。だから、な? 頼む!」


 カバンを持っていない空いている方の手で、軽く『お願い』のポーズを取りながら俺はするりとクラスメイトの包囲網を抜けた。

 背後から『それならしゃーないか』というクラスメイト達の声が聞こえる。簡単にあきらめてくれるあたり、良いクラスメイトに出会えたと思う。


 中学校の頃は……いくら言っても聞かない奴が沢山いて、入学してしばらくは彩人の『誰とも会いたくないモード』が顕著になっていたもんだ。


 そんなことを思い出しながら校門の方に行くと、校門前で所在なさげに立っている彩人の姿が。


「すまん、待たせたか?」

「いや……オレが勝手にてっちんを待ってただけだ」

「なんだよそれ、俺のこと好きすぎか~?」

「そっ、そんなんじゃねーし! ただ……あー、なんだ。いつも一緒に帰ってたから……そう、ルーツってやつ?」


 それを言うならルーティンだろ?と軽く彩人の頭を小突く。ルーツは日本語で『根源』――それだとお前は生まれた時から俺と帰ることを使命にしてることになる。

 いけねっ、と小さく舌を出しておどける彩人……男だった時はウザさしかなかったが、今の姿だと可愛く見えてしまうのが不思議だ。


「帰ってマンガ読もうぜ、てっちん」

「あー、今日はアレの新刊発売日だっけ?」

「そうそう! マンガの単行本ってなんであんな良いところで終わるんだろうな?」

「続きを読ませるためだろ? 見事に術中にハマってしまっている……まぁ面白いから良いけどさ」


 スマホで電子版を買った方が楽でかさばらないのは分かっているんだが、やはり紙で読むことが『二人で読む』となった時にシェアできるのはデカい。

 小学校からずっとこのやり方でマンガを読んでいたので、俺たちは高校生になった今も近くのデパートにある本屋で購入している。


「じゃあ着替えててっちんの部屋集合な!」

「おーう」

「また後でー!」


 彩人と一旦分かれて、俺は本屋に向かう。その道中で、遅ればせながら一つの疑問が脳内に降ってわいた。


「そういえば、彩人の私服って……?」


 いつものように男の服……?それとも買ってもらったという女性ものの服?

 不味い、変な緊張してきた。上がる心臓の鼓動と顔が赤くなる感覚――俺は頭を振って妄想を追いやり、本屋で新刊を買う。


 焦って早足にデパートを出て一目散に家に戻ったのは、決して期待しているわけじゃないからな……っ!?

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