第12話 はよーっす……お前らー、今日はテストなの分かってるよな?

 教室の扉を開けると、まばらに人がすでに座っていて教科書や単語帳とにらめっこしている。

 扉が開いた音がしたのが気になったのか、俺たちの方に視線を向けて彩人が入って来たのを見た生徒たちは一気にそわそわしだした。


「……なんだ?」

「多分、『彩人に話しかけたいけどテストがあるから……でも~!』みたいな感じだと思うぞ?」

「あぁ、なるほどね。てか、試験範囲だよてっちん……」

「おけおけ、そう焦らせんな。数学は教科書の1ページ目から――」


 俺はカバンから数学の教科書を取り出して、試験範囲として事前に付けておいたマークを探す。試験範囲の教科書の一番後ろのページ数に、丸をつけるのはあるあるだと思う。


「三次方程式の展開と因数分解……とベクトル演算? やべぇわかんねぇ」

「三次方程式に関してはここに公式書いてるから死ぬ気でこれ暗記しろ。 ベクトルは実際に矢印さえ書いちまえば理解しやすい、こうして――」

「あー、ベクトルの足し算ってそうするのか」

「中学校の物理で何を学んだんだお前は……」


 だって物理は物理で数学は数学だぜ……?と情けない声を上げながら机にぺたんと頬をつけてはふてくされる彩人。

 言っとくけど、あと国英理社の4教科残ってるからそんな暇ないぞ。まぁ俺も国語に関しては同じ気持ちだけどさ……


 作者の気持ちを答えろとか、作者本人じゃないんだから分かるわけねぇじゃん。しかも必死に教科書理解しても、受験とかで出される内容は教科書に出てくる文章じゃないし……と俺もよくふてくされている。


「ああああぁ……テスト受けたくねぇえ……」

「その分今日は早めに帰れるから良いだろ? 40分かける5教科で3時間ちょい、10分休憩と昼飯の時間入れても午後2時には終われる」

「……ちょっとやるきでてきた」


 彩人よ、それは勉強をするやる気じゃなくてなんとかテストの時間を過ぎ去るのを待とうとするやる気だ。


「良い点とったら、なんか祝いに買ってやるよ」

「マジで!? うおおおおおやる気出てきた!」

「現金なやつめ……まったく」


 俺も、彩人が入学早々に補習漬けにされるのは楽しくない。これからの楽しみに比べれば多少の出費など目をつむろう。

 えーっと……と教科書とにらめっこし始めた彩人に思わず笑って、俺も漢字の単語帳と格闘し始めるのだった。


 あっという間に時間は過ぎ、朝のHRの時間を知らせるチャイムが放送で流れる。やべーやべーと周りのクラスメイトが教科書をパラパラめくっていると、教室の前の扉から古堅先生が出席簿と一緒に入って来た。


 昨日と違ってジャージの上に白衣姿で、髪もボサボサだ。よく見ると白衣の袖がピンクや黄色のチョークの粉で若干色ついている。


「はよーっす……お前らー、今日はテストなの分かってるよな? 知らなかったってやつはちゃんと渡されたプリントぐらい読め、あとHRの時間ぐらい教科書閉じろ。代わりに良い情報教えてやるから」


 古堅先生が朝のHRを始める。いい情報?なんだろう、テストに出る国語の問題とか教えてくれるのなら俺は大助かりなのだが……

 生徒たちも先生の『良い情報』が気になって教科書を閉じる。それを教壇の上から見た先生は満足げに頷いた。


「現代文限定だが、アドバイスやるよ。小論文は基本的に最初か最後に筆者の言いたいことが書かれてる、論文ってのは最初に『結果か仮定』から書くもんだ……まぁ例外はあるが。入学して初めてのテストにそんな例外は出さん」

「……おお」

「小説はよく問題にされる『この時の人物の気持ちを答えろ』ってやつあるだろ? あれにはセリフの前後にその人物の表情や動きが書かれていることが多い。無けりゃ前の方に戻ってそのセリフに繋がる原因を探せ」


 漢字は気合い、以上。と端的にアドバイスをしてそのまま朝の連絡事項に移る古堅先生。

 みんなが望むような『良い情報』では無かったものの今後に使える、ためになる『良い情報』だった……


「――はい、連絡終わり。あとはテストが始まるギリギリまで勉強しとけ。カンニングとかすんなよ、対応とか後処理とかめんどくせぇんだから……日直、号令」

「きりーつ、きをつけー。れいー」


 日直の号令に合わせて礼をする。席に座りなおした俺たちは、すぐに一時間目のテストに向けて数学の教科書を開くのだった。


「……そっか、国語のテストって4時間目だもんな」

「ん? どうした彩人?」

「いや、HRでテスト範囲を言っても4時間目までには忘れるよなーって思ったんだよ。だから古堅先生は国語の解き方を教えてくれたのかなーってさ」

「……案外、担当しているクラスの生徒に赤点取られると補習授業とかが面倒くさいからかもしれないぞ?」


 それあるかも、と彩人と二人で周りの迷惑にならないよう小さく笑いながら残りの時間を公式の記憶に当てる。

 えーっと、この因数分解の公式は……


◇◆◇


――キーンコーンカーンコーン……

「そこまで、ペンを置いてください。解答用紙は後ろの席から前に回してきて」

「っだあああああ……終わったああぁ……」

「疲れたマジ……なぁてっちん、『~を勧める』って英単語なんだったっけ?」

「recommend(レコメンド)だ、今回の範囲の英単語でやけに長い単語だなぁって記憶に残ってた」


 うわ、それだー!と悔しそうな顔をしながら自身の解答用紙を前の席の子に渡す彩人。昼休みの時、片方の手に英語の単語帳、もう片方の手にサンドイッチを持ちながら頑張って付け焼刃で覚えた知識は、どうやら身に付かなかったらしい。


「だがな、てっちんよ。オレは今回……オレ史上最も高い点数を取った自信があるぜ!」

「お前それ、テスト終わるたびに言うよな。フラグだぞ、彩人」

「あ、言ったなてっちん。『良い点とったら、なんか祝いに買ってやる』って約束、忘れるなよ」

「わーってるよ、あんま高いのは無しな?」


 えーどうしよっかなぁ~?とニヤニヤしながら楽しそうに今から捕らぬ狸の皮算用を始める彩人。

 くっ、なんかそれを見てると不公平な気がしてきたな……あ、そうだ。


「逆に赤点――30点以下の教科が一個でもあったら俺の言うこと聞いてもらおうかな」

「ふっ、いいぜ。なんでも命令してみろよ」

「……なんでも、だと?」


 不用意な彩人の発言に、思わず生唾を飲んでしまう。いやいや、ゴクリじゃないだろ俺……何命令しようとしてんだ。俺は頭を横に振って邪念を追い払う。


「このテストが返却されるまでにお互い考えておこうぜ、てっちん」

「……そうだな」

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