第11話 明日テストらしいけど、準備ちゃんとできてるの?

 彩人を自宅まで送り届けた後、俺たちは揃って自分の家へと帰る。小鐘も気がかりだった『彩人すっぴん問題』を解決出来てたいへん満足気だ。


「オカン~、親父~、たでーまー……って、早速今日の入学式見てんのかよ」

「おお~お帰り哲俊。見ろ、綺麗に撮れてるぞ~!」

「恥ずいって親父……って見事に俺の後頭部しか撮れてねぇし」


 家のリビングの扉を開けると、両親はビデオカメラをテレビにつないで大画面で入学式を視聴中だった。それより腹減ったよオカン……

 帰ってきてすぐに冷蔵庫を開けて、なにかつまめそうなものを探している小鐘をよそに俺はオカンに彩人が映った写真とレシートを渡す。


「ほい、これが頼まれてたやつ」

「ん? あら~、可愛いわねぇ。やだほんとに美人、これ彩人君?」

「どこからどう見ても彩人以外の何ものでも無いだろ? 加工とかなんもしてなくてこれ」

「可愛いでしょー? もう周りの人みんな注目しててデパートのなか大変だったんだから」


 牛乳とコップ片手に、ダイニングからオカンに報告する小鐘。昼飯何するのかと俺が聞けば、『これとヨーグルト』というなんとも乳製品に偏った答えをするのだった。


「マジかよ、他に無かったのか?」

「だって今がっつり食べたら夜ご飯入んないじゃん、そんなのも分からないとかおにぃってもしかしなくても馬鹿?」

「ぐぅ……」

「ぐうの音出てんじゃん、あーしの正論に」


 ド正論なんだが、妹に指摘されるのはちょっと腹立つ――それが兄という存在の悲しいさがなのだ。

 そんな俺たちの戯れをオカンはため息をつきながら見ている。


「はいはい喧嘩しないの。といっても小鐘の言う通りがっつり食べたら夜ご飯食べられないし、お金あげるから近くのコンビニでサンドイッチでも買ってきなさい」

「やったぜ、カツサンドでも買お」

「あ! おにぃだけズルい、あーしも買って!」

「おい、さっきまでの意見はどうした」


 じとーっと小鐘の方を見ると、『カツサンド一個ぐらいでお腹いっぱいになんないし……』と俺から目を逸らしながら言う小鐘。

 ほんとは食いたかったんだな、と俺は納得してオカンから二千円ほど貰ってコンビニに向かった。


『天童哲俊です。趣味はマンガで、高校に入って頑張りたいことは勉強――』

「あらあら緊張しちゃって、哲俊ったら初々しいわ~」

「これを見てると、小学校のころのアイツを思い出すよなぁ」

「うわっ、黒髪ばっかだから隣の彩人さんの存在感すっご」


 ――出来るだけゆっくり。すまん小鐘、俺は自分の緊張している姿を見るのは恥ずかしすぎるんだ……


 遅い!と小鐘にキレられながらも、一緒にコンビニで買ってきたカツサンドを頬張ってお腹の虫が収まった俺は、休憩とばかりにリビングのソファーに寝転がりながらスマホを取り出した。


 SNSで神絵師のイラストを探したり、飽きたら動画サイトで動画を見たり。こんな自堕落な生活も今日でおしまいかぁ……明日からの学校のことを思うと、少しだけセンチメンタルな気分になる。


「そういえば哲俊」

「んー? なーにーオカン?」

「明日テストらしいけど、準備ちゃんとできてるの?」

「……それ言われると急に不安になってきたわ、やってくる」


 俺の自堕落な生活はたった今終わった。


◇◆◇


 次の日。高校に向かう俺は、漢字の単語帳を片手にうんうんと唸っていた。

 そんな前方不注意な俺が、人にぶつかることなどある意味当たり前な話で……

 

 ――ドンッ!

「あっ、すみません! 見ていませ……っと、彩人か。すまんよそ見してた、怪我無いか?」

「っとと……少しよろけただけだ。おはようてっちん、入学式の次の日でもう朝から勉強か? 勤勉家なのはいいと思うけど、歩いてるときは危ないぞ」

「いや、今日はテストだろ? 漢字、自信なくてよ……」

「……………………あ」


 さてはこいつテストの存在すら忘れてたな?サーっと顔面が青くなる彩人に、俺は呆れた目を向ける。


「て、てっちん……出題範囲教えてくれ!」

「そこからかよ!?」

「だって女の子になってからすげーバタバタしてて、テストのことなんてすっかり忘れてたんだよぉ~!」

「お前はそうじゃなくても勉強しないだろうが……って、そんなこと言ってる場合じゃねえ! 学校に急ぐぞ!」


 俺たちは慌てて学校に向かって走り出した。さすがに出題範囲すら知らないのは不味い、勉強ができない彩人でも出題範囲を朝の時間に目を通せばゼロ点を取ることはないだろうが……それすらも知らないとなると入学早々に彩人がおバカキャラとして定着してしまう。


 そんなことを考えながらも、昨日の化粧をした彩人の顔が忘れられずに俺はそっと隣を走る彩人の顔を盗み見る……すっぴんか。


「あー、その……彩人、化粧は?」

「あぁ? あー……する時間無かったのと、一人でぶっつけ本番でやったら失敗して顔面化け物しか生まれない予感しかしなかったから今日はしてない。母ちゃんに休日練習しようって言われた今朝」

「そうか……」

「なんだー? そんなに化粧したオレが見たかったか~?」


 んー?とニヤニヤしながら肘で俺の脇腹を突っついてくる彩人にちげーよ、とだけ返す。

 単純に昨日のお前の顔を至近距離で見るとなると、可愛すぎて緊張で上手く喋れる自信が無かったから……とは、言えないよな。


 だから俺の『そうか……』は落胆じゃなくて安堵だ。ニヤニヤしている彩人に段々腹が立ってきたので「それより今日のテストのことだ」と俺が話題を逸らすと、目に見えて彩人の調子は凹む。


「うぅ、どうして入学してすぐテストするんだよ神薙高校ー!」

「多分ウチの高校以外でも入学式の次の日はテストだと思うぞ彩人……」

「やだー! オレ、テスト嫌いー!」

「嫌いって言ってテスト無くなるなら、俺だって叫ぶわ」

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