第10話 おばちゃんウォールから俺に手を引かれて飛び出してきたのは、まさしく天使と表現して差し支えないほどの美女だった

 化粧品売り場に急いで戻ると、小鐘が沈んだような顔をしながらベンチに座っていた。

 彩人の姿が見えない、俺は不思議に思って買い物袋片手に暗い顔をしている小鐘に聞いてみる。


「彩人は?」

「おにぃ……世の中って理不尽でふこーへーって知ってた?」

「小鐘にいつも分からされてるから、それは痛いほど知ってる。で、どうしたよ」

「彩人さん、可愛すぎておばちゃんたちに囲まれて――」


 ほれ、と顎で小鐘が示した方を見ると……


「やだ~、おめめがぱっちりしてるわね~! これってアイライナーのお陰かしら?」

「元々の素材ですので彼女には使用していませんが、似たようになるのだとこちらがおススメで――」

「あ、あの……オレ、友達を待たせてて……」

「待って、もうちょっとだけ見させて頂戴!」


 客寄せパンダに彩人がされていた。ぐっ、ここからだと彩人がおばちゃんに囲まれて全く見えん……


「ちょっと彩人助けてくるわ」

「頼んだ、あーしは彩人さんの可愛さにノックアウトされてるから」

「少しは手伝うという気概を見せろ、お前は」

「か弱い妹は、屈強なお姉さま方には勝てませんので~」


 手をひらひらさせながらスマホを取り出し始めた小鐘。屈強なお姉さまって……ちょっとふくよかなだけだろ。


「す、すみません! 彩人、ほら行くぞ」

「てっちん……っ!」

「あぁ、もっと見てたかったのに~!」


 ひょこっと出ている彩人の手を握って、おばちゃんの囲いから引っ張り出す――瞬間、俺は呼吸を忘れる。

 

 今の俺は、相当間抜けな顔をしているだろう……おばちゃんウォールから俺に手を引かれて飛び出してきたのは、まさしく天使と表現して差し支えないほどの美女だった。


 白い髪と店内の明るい照明が相まって、彩人が現世とはかけ離れた存在に見える。化粧で顔のパーツをはっきり魅せるようになった彩人の顔は、目を離したくないと思わせるぐらいの芸術品を想起させた。


 元の顔はそのままに、魅力が何段階も引き上げられたように感じる今の彩人――化粧って、ここまで変わるものなのか。


「っちん……てっちん!」

「……はっ、すまん! それではこいつ連れていきますので、失礼します!」


 目を奪われた彩人本人に呼びかけられ、正気を取り戻した俺は顔を真っ赤にしながら化粧品店を後にする。

 くっ、今は女とはいえ男の親友に見惚れるとか何やってんだよ俺。彩人にはバレてないことを願うしかない……


 軽く自己嫌悪の気持ちを抱えながら、彩人の手を引いて小鐘の元に戻る。冷静に、冷静にだ……顔を赤くしてたりにやけてる姿を妹に見られたら絶対いじられる。それだけは阻止したい。


「ふぅ~……おら、連れてきたぞ」

「あざすおにぃ、彩人さんもお疲れさまっ!」

「くたくただよ小鐘ちゃん……ありがとてっちん、化粧品のことなんも分かんねぇのにおばちゃんたちにガン詰めされて困ってたんよ」

「その白い髪のせいで店の中からでも注目浴びるもんな、お前。あぁそっか、店の外に出たから今――」


 視線を感じて周りを見渡せば、周りの主婦の人や学生がこちらを見てぽけーっとしている。アイス片手に歩いていたやつなんて、彩人を見過ぎて目の前の人とぶつかって大惨事を引き起こしていた。


「……注目浴びてるし、退散しようぜ」

「そーだね、彩人さんそんなに注目されるの慣れてないし」

「助かるてっちん、小鐘ちゃん。これから帽子とサングラスかけていこうかなぁ」

「有名人気取りかよ……といつもだったら言うだろうが、割とマジでありだと思う」


 さすがに毎回こんなに注目を浴びていたら身がもたない、彩人もいつもは感じない男からの目線に居心地が悪そうだ。

 俺たち三人はそそくさとデパートを出て帰路に付く、今の状態の彩人を一人で帰すとストーカーとか――とにかくすごい面倒なことが起きそうな気がした俺と小鐘は、自宅まで彩人を送ることにした。


「なんか、わりぃな」

「『自分の顔面偏差値が高すぎて』か? おぅ存分に謝れ、そして分けろ」

「ちげぇよ! なんかその……オレのせいで大騒ぎになってさ」

「あ? そんなことなら謝る必要ねーよ。さっきの騒ぎでお前の悪かったとこなんてなんにもないだろうが、なぁ小鐘?」


 同意を求めるように一緒に歩いている小鐘に振り向くと、小鐘もうんうんと激しく首を縦に振って同意する。

 同意の首の振り方が激しすぎてヘドバンなのよ……やはり天童家の血は争えないのか。


「それを言ったら今日の騒ぎの原因はあーしが彩人さんに『化粧したい!』って言ったのが元だし。そしてあーしは悪いと思ってないから大丈夫!」

「お前はお兄ちゃんの財布をずっとポケットに入れっぱなしなのをまず謝れ」

「あ、忘れてた。おにぃすまん」

「謝罪も財布も軽いぞ妹よ……まぁそういうわけだ。昼飯くいっぱぐれたことは残念だが、それをお前にグチグチ言うほど俺の器はちいさくねぇよ」


 じゃあおにぃの財布に入ってたお金、全部使ったあーしも許して器の大きいお兄様ぁ~?とふざけたこと言ってる小鐘の頭を軽く叩いて俺は彩人に笑う。

 彩人はいつもどおりの俺たちを見て、やっと自分が抱えていた気苦労が杞憂だったことを知り明るい表情を見せた。


 うっ、化粧をした彩人の笑顔は心臓に悪い……店員さんか小鐘にしてもらったから今日は綺麗に出来ているのだとは思うが、軽く破壊兵器だ。

 小鐘も今の彩人は同性だというのに、顔を赤くしてぽけーっとしてしまっている……うわ間抜けな顔、俺は小鐘の顔を見て少しだけ平静を取り戻した。


「? どうしたんだ?」

「……彩人、一枚写真撮っていいか?」

「良いけど、なんでだ?」

「オカンがお前に買った化粧品のお金を返してもらう条件に写真欲しがってんだよ。俺の財布のために、頼む」


 ……ちょっと、言い訳がましくなってしまったか?

 早口になってしまったそんな俺の話を、彩人は「いいぜ!」と何の疑問も持たずに快く受け入れてくれる。


「折角だし小鐘ちゃんも一緒に写る?」

「えっ、いいんですか!? やった、おにぃ~最大限かわいく頼む!」

「被写体次第だぞ小鐘」

「小鐘ちゃん可愛いじゃん、あんまそういうこと言うもんじゃねーぜ? てっちん」


 うるせっ、別に小鐘のことを『ブサイク』とは言ってないだろ!

 そんなことを言い合いながら、彩人の家の前で彩人と小鐘を横に並ばせる。スマホの写真機能を使って一枚……パシャリと。


「撮れた!? 見せて見せて」

「お、オレも気になる」

「そう慌てんなって、ほら」

「……おにぃ、ノーマルカメラで撮るとかナンセンスすぎない?」


 もっとえるカメラアプリあるんだから~!と小鐘にダメ出しをされ、俺の携帯をぶん捕られた。

 そして何かカメラアプリらしいものをその場でダウンロードして……俺に彩人の隣に並ぶように言われる。


「ほら、撮ってあげるからおにぃも彩人さんの隣に並ぶ!」

「マジか……俺あんま写真とかに写りたくないんだけど」

「まぁまぁ、こういうのもたまには良いじゃないかてっちん。撮ろうぜ?」

「うっわ、彩人さんと並んだらおにぃのダサさが際立つんですけど。ウケる」


 ……おい彩人よ、小鐘にもさっきのやつ言ってやれ。『あんまそういうこと言うもんじゃない』ってやつ。

 つか今の彩人に誰が並んでも霞むだろ。アイドルも裸足で逃げだすレベルの可愛さになってる親友を見て俺は苦笑いを浮かべた。


「そう? てっちんの顔、オレは好きだぞ?」

「……っ! そーゆーの、やめろ」

「おにぃ顔真っ赤じゃん、あとイケメンって言われてないから。ちょーし乗んなし」

「うるせぇ! 早く撮れ!」


 俺のスマホからカシャッと音が鳴る――撮れた画像を確認してうんうんと小鐘が頷いているあたり、良いのが撮れたのだろう。



――――――――――――――――――――

【後書き】


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