第9話 私、轟ぃ言うんです

 入学式も終え、帰宅途中。昼飯何食う~?と彩人と話していると、ずっと何かを言いたげにプルプルしていた小鐘がついに爆発した。


「はい! ご飯も大事だけどもっと大事なことがあるでしょおにぃ!」

「あ? ……あー、彩人が女の子になったぞ。小鐘」

「それはもう聞いた! ……あいや、何が起こってるかは訳わかんないけどとりあえず納得した! そうじゃないよおにぃ!」


 びしぃっと彩人に指をさしながら我が妹はたける。


「――彩人さん、いきなり女の子になっちゃったから自前のメイク道具持ってないじゃん!」

「……要る? 彩人」

「自分、化粧とか全く分かんねぇから要らなくね?」

「はー……このダメンズどもめっ! いーい二人ともっ、今どき男でも化粧はするし、女の子はもっとするのっ! というか彩人さん素体がめちゃくちゃ良いのにすっぴんだったから、あーしずっと『勿体ないなー、勿体ないなー』って思ってたんだから!」


 というわけで買いに行く!と俺たちは妹に手を引かれて制服のまま両親と別れてデパートに連れていかれるのだった。


「化粧下地は彩人さん肌弱いからUVカットと保湿用にこれでー、ファンデーションは髪の毛が白いから全体的に白く見えるように……あ、体育とかで化粧崩れないようにウォータープルーフの方が――」

「なぁてっちん……小鐘ちゃんが呪文唱えてるぞ」

「多分あれは『兄の財布からお金を奪う魔法』だろうな。チラッと値札を確認したが、三千円近くするものをカゴに入れていた」

「あ、店員さーん! この人、メイク初めてなんですけど……」


 小鐘が店員さんを呼んで、彩人を前にずいっと出す。女性のきれいな店員さんがやってきて、彩人の顔を見るなり目を丸くした。


「わっ、綺麗な人ですね! 顔立ちも可愛くて……やだ、肌もきめ細かい~!」

「ですよね! これで化粧しないとか無くないですか!?」

「て、てっちん……」

「すまん彩人、俺は見ていることしかできん」


 店員さんに両手でしっかり顔をロックされて、まじまじと見られる彩人が助けを求めて俺を見るが無理だ。

 その空間はすでに陽キャに支配されてしまった、陰キャの俺は踏み込めない。


 しかも話題は化粧のこと、俺は空気になるしかないんだ彩人……


「で、アイブロウはペンシルが良いと思うんですけど彼女って白髪じゃないですかー?」

「それならグレーとブラウンを合わせたこれが似合うと思いますよ!」

「あ、これ可愛いっ! おにぃ、財布!」

「はいはい……レシートはちゃんと受け取っとけよ? あとでオカンにお金もらうから」


 分かってるーと渡された俺の財布と彩人を連れて、店員さんと店の奥の方に消えていった小鐘。

 俺も付いてい……けるわけないよな。化粧品売り場ってなんだか『男子禁制っ!』というか、男が入っちゃいけない女の花園というか――そんな雰囲気を醸し出している。


 財布もないし他の店に冷やかすのも悪い、俺は近くのベンチに座ってスマホでオカンに連絡をとっておくことにした。


「オカンー、小鐘が彩人の化粧品買うらしいから後でお金返してー」

『あら、小鐘は出さないのかしら?』

「新作のリップ買ってお金ないって言ってた」

『全くあの子ったら……分かったわ、代わりに化粧した彩人くんの顔写真お願いね?』


 りょー、と投げやりにオカンに返事して電話を終えた俺は小鐘にメッセージを送っておく。


『オカンが彩人の化粧した顔見たいって』

『マジちょー可愛くなるから任せな! あとおにぃ、お金あんまないの何なの?』

『男子高校生が一万は大金だが?』


 あ、既読無視しやがった。他のお札と小銭含めて一万と三千円ぐらいだ、十分すぎるだろ。

 俺はスマホをポケットにしまって、時間が過ぎるまでぼけーっとデパート内を行き交う人々を眺めることにした。


 昼から夕方にかけてのこの時間帯、主婦っぽい人々がエコバック片手に食料品店の方に向かっている。そんな中でちらほらと俺と同じぐらいの年齢の人も見かけるのは、今日が入学式だったからだろうか?


「ん……?」

「えーっと、ここが化粧品売り場やから……ディスカウントストアは、こっちやろか?」

「あれ、同じ学校の制服……」


 なんとはなしに周囲を見ていると、デパートの案内掲示板とにらめっこしている女の子が。

 ぶつぶつと何かを呟いていたが、よしっと拳を胸の前で小さく握りこむと――ディスカウントストアと真反対の方向へと歩き出した!?


「ちょっ、ちょちょちょちょちょ……」

「なっ、なんですか?」

「あーすみませんいきなり。そっち、反対方向ですよ」

「え? さっき確認したのに……」


 驚いて案内地図をもう一度見る彼女。「だってここが、こうやんね?」と方言交じりの独り言をつぶやきながら指で通路をなぞっているその子を見て、ふと顔に見覚えが何となくあるような気がする俺は、どこで見たのか思い出そうと彼女の顔をじっと見つめる。


 うーん、どこで見たっけ……?


「うーん……」

「うーん……」

「「うーん……あっ!」」


 俺と彼女の声が奇跡的に被る。お互いに顔を見合わせて嬉しそうに相手に告げた。


「南にさがるんやね!」

「轟さんだ! 思い出した!」

「ぴぃっ!?」

「あ、ごめん。驚かせるつもりは……俺、同じクラスの天童哲俊」


 いきなり個人情報を当てられて、死ぬほど驚いて怯えるように俺から離れた彼女――轟さんを落ち着かせるように自己紹介をしつつどうどうとなだめる俺。


 三つ編みのおさげを両肩に垂らし、丸眼鏡をかけた文学少女を思わせる彼女は俺の自己紹介を聞いてしばらく警戒するような視線を向けた後、あっと思い出したかのように声を上げる。


「あの、白い髪の可愛い子の隣にいた……」

「そうそう。彩人の隣の席のやつ」

「すっ、すんません。そうとは知らずに失礼な態度を……私、とどろき言うんです」


 慌てて頭を下げた彼女にまぁまぁと俺は頭を上げさせ、どうせ暇だしと彼女をディスカウントストアまで案内することにしいた。

 その道中――


「ほんまおおきに天童さん……私、最近ここに越してきたもんで右も左も分からんくて」

「いや、良いんだよ。轟さんは方言的に……関西出身?」

「京都生まれどす――あ、です。すんません、気を抜くと方言が……田舎もんやと思われんように標準語調べてたんやけど――あ、ですけど!」


 顔を赤らめながら必死に方言を無くそうと頑張っている轟さん。方言らしい方言がない地元の俺にとっては、『いいなぁ~』と思うだけなんだが……そう思いながら俺は轟さんに肩の力を抜くように言う。


「俺は別に方言ぐらいで田舎者なんて思わないから、轟さんが喋りやすい方で良いんじゃないか? 標準語気にして気楽に喋れないよりかは、思いっきり自然体で他人と接することができる方が良いと思うぞ」

「ほ、ほんまにそうかなぁ?」

「ほんまほんま。っと、ここが目的地だ」

「ぁ……おっ、おおきに天道さん! 無事たどり着けましたわ」


 そりゃよかった。また明日学校で~と丁寧にお辞儀をしながらお店に入っていった轟さんの背中に手を振っていると、小鐘からメッセージがスマホに届く。


『まじむり、かゎぃすぎて吐く』


 彩人のメイクが終わったらしい。俺はディスカウントストアを後にして、化粧品売り場へと急行するのだった。

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