第7話 みなさんも、自分の子が静かに聞いてるところよりも元気に自己紹介しているところが見たいでしょう?

 古堅先生から学校での諸注意を聞いていると、教室の後ろの扉が開いて保護者の人たちが入ってきた。

 チラッと横目で見てみると、小鐘たちも来ている。おいオカン小さく手を振るな、恥ずかしいって。


 すぐ後に彩人のお母さんも入ってくるのが見えた。彩人もそれに気が付いたのか、少しだけ顔を俯かせて若干頬を染めては恥ずかしがっている様子。


「っと、どうやら親御さんたちも入って来たようだし長々とした諸注意は終わりだ。みなさんも、自分の子が静かに聞いてるところよりも元気に自己紹介しているところが見たいでしょう?」


 古堅先生が教室の後ろで集まって来た保護者の人にそう問いかけると、うんうんと同意の声が多くあがる。

 オカン、親父、首を縦に振る速度ヘドバンみたいになってるって……ほら、小鐘が恥ずかしくなってちょっと距離置いて他人のフリしようとしてるじゃないか。


「つーわけで、いよいよ自己紹介だ。といってもこのまま生徒に投げっぱなしにしたら一番最初の奴が可哀想なんで――」


 再び黒板に向き直った古堅先生は、箇条書きで『趣味』や『好きなもの』といった言葉を書き連ねていく。


「このなかから適当に一、二個拾って自己紹介しな。おすすめは『趣味』とか『高校に入って何したいか』とか……ここらへんだ。別に話したいことがあるんならこれ使わなくてもいいぞ」


 黄色のチョークでその箇条書きの上に丸をつけた先生が、俺たちの方に向き直ってそう言った。


「『自己紹介は各自一分程度』――って、自己紹介で全員一分とかもつわけねぇだろ。舐めてんのかこの指導用リスト……30秒でちゃっちゃか行くぞ、お前ら」

『はい!』

「声をそろえて元気のいいこって……んじゃ出席番号順な。『伊達彩人』ー」

「は、はい!」


 いきなり彩人の名前が呼ばれる。慌てて立ち上がった彩人の姿を見て、後ろに控えていた小鐘が目を丸くしていた。

 少し緊張した面持ちで、彩人がしゃべり始める。


「い、伊達彩人です。趣味はマンガで……神薙高校の文化祭がすごい楽しかったので、文化祭の実行委員とかやってみたいです」

「……まだ20秒余ってるな。その目や髪はどうしたんだ?」

「あっ、これはその。オレ、アルビノなんです。それで、髪が白かったり目が赤かったりするんすけど――生まれも育ちも日本人なんで、よろしくお願いします!」


 上手い、困っている彩人の雰囲気を察した古堅先生がすぐに答えられる質問を投げかける。


 校門にいた案内の先生も言っていたように、アルビノの生徒が入学してくるというのは先生たちの間で共有されていたのだろう……彩人がそのことを気にしていないような雰囲気を感じ取って、質疑という形で自然に自己紹介を回していた。


 ――ぱちぱちぱちぱち……

 拍手の中に終わった彩人の自己紹介。トップバッターではあったが古堅先生のサポートもあって無事に終えることが出来た彩人は、椅子に座ってほっと一息つく。


「よし次――」

「ふ~……緊張したわ」

「トップバッターだもんな、お疲れ」

「肩の荷が下りたぜ。あとはてっちんの自己紹介を楽しみにしとく」


 げ。ニヤニヤしながら小声で言ってきた彩人のその言葉に、今さらながら俺もだんだんと近づいてきている自分の自己紹介のターンを思い出す。

 何言おう、何言ったらいい? 古堅先生が書いた黒板の文字とにらめっこしながら急いで文言を考える。


――ぱちぱちぱちぱち……

「よし、次。天童哲俊」

「ほら、てっちんの番だぞ」

「はい……」


 彩人に言われてしぶしぶ立ち上がる。結局なんにも思いつかなかったので、出たとこ勝負な俺であった。

 くうぅ、自己紹介とかで30秒ももたせられる奴らが羨ましいぜ全く……


「天童哲俊です。趣味はマンガで、高校に入って頑張りたいことは勉強です」

「……10秒。高校に入ってからは勉強の難易度が格段に上がるだろう、難しいポイントも増えていくはずだ。特にどの教科を頑張ってみようと思う?」

「あ。現国の先生である古堅先生には悪いんすけど、中学生の時国語が苦手で……それで、高校では国語の勉強は特に力を入れたいなぁと。これからよろしくお願いします!」

「任せろ、授業のときは天童を多めに当ててやる」


 先生がそう言うので思わず「そりゃないっすよ先生!?」と俺が声を上げると、生徒や保護者の間から笑い声が起きる。そして俺も拍手の中で自己紹介を終え、席に座ることが出来るのだった。


「次~、とどろきさくらー」

「は、はい!――」

「――おつかれてっちん。現国の時間、これから大変そうだな?」

「最低限、現国は予習しておくことにする……」


 次の人の自己紹介を流し聞きしつつ、隣の彩人にそう言った俺は強張っていた身体を軽くほぐす。

 いつのまにか緊張でカチカチになっていたらしい、古堅先生のアシストのお陰でこけることなく自己紹介を終えられたことに俺はさりげなく感謝の念を送っておいた。


「それにしても、古堅先生すげぇよなぁ」

「わかる。超ベテランって感じ」

「30秒ってのも凄い良いよな。喋る内容は限られるけど、ちゃんとどんな人かは分かる絶妙な時間」

「しかもあれ、『趣味』や『高校で頑張りたいこと』で明日以降に初対面の他の生徒同士で会話するとき話題を作りやすいようにしてるぜ?」


 今日はこのLHRが終わったら後ろの親御さんたちと一緒に帰るだけだから、そんないっぱい喋られても30人も一気に覚えられない。

 そのためにわざと絞って覚えやすいようにしてる……もはや面倒くさいこと嫌いっていうより効率厨なのでは古堅先生?


 そんなことを思いながら最後の一人の自己紹介が終わり、拍手をする俺たち。古堅先生はすべての自己紹介を聞き終わったあと、後ろの保護者に向けて子供俺たちとの接し方について話し始める。


「お父様お母様、高校生というのは難しい年頃です。子供でありながらもひとりでに何かをしたいという欲求が多分にあり、親から強制させられることに不満や強い反発を抱いてしまう……早い子だと、中学生からもうその傾向は見られたのではないですか?」

「…………(うんうん)」

「どうか、その自主性を重んじてあげてください。具体的には全てを管理するわけではなく、お子さんたちに任せる事柄を増やしてください。もちろん最初は失敗するでしょう、ですが――」


 ――最初から失敗させないようにと管理していれば、お子さんは失敗することに対しての耐性をもたないまま社会に出ることになります。


 古堅先生の言葉に、はっとした表情をする何人かの保護者。みんなが先生の言葉を聞き逃さまいと傾聴けいちょうする姿勢に入ったのを教壇の上から見て、先生はふーっと肩の力を抜くように細い息を吐いた。


「まぁ、脅すのはここまでにしましょう。生徒の失敗をカバーするのが我々教員の仕事ですので安心してください……もちろん自主性を重んじるメリットもありますよ? 高校生になったこの子たちの移動範囲は格段に上がる。その中で井の中のかわずが大海を知ったとき、その大海に出たいと蛙は井戸の壁をよじ登ろうとするでしょう――」

「…………」

「将来なりたいもの、夢……努力なんてものはゴールが無ければ誰もできません。そのゴールをお子さんたちが自分たちで見つけるために――心配しながらも見守っていこうじゃありませんか」

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