第4話 その……てっちんから見ても、オレって……可愛い、のか?

 次の日。長い春休みのせいで中々起きれない俺は、妹に叩き起こされて目が覚める。


「おにぃ、起きろー」

「兄ちゃんはもう駄目だ……身体が動かない……」

「そりゃ、あーしが乗ってるからだし」

「道理で重いわけだ……」


 重くねーし!と布団の上からドスンと体重をかけられて思わずうめき声をあげる。俺がしぶしぶ目を開けると、ふくれっ面の妹が俺の上で馬乗りになっていた。


「おはよう小鐘こがね……」

「おはようおにぃ、ご飯出来てるってよ」

「ぅい……ふわぁ~」

「もう、しゃきっとする! 今日入学式っしょ?」


 入学早々ダサいおにぃとかありえないし、と妹に叩き起こされて俺は洗面所に連れてかれる。

 顔を洗ってだんだんと目が覚めてきた俺は、鏡に映った歯磨きをしている自分を見ながら適当な大きい寝癖を水に溶かして軽く手でく。

 すると、小鐘がブラシを片手に呆れた目を向けてきた。


「おにぃ、0点」

「赤点ですらないのか……」

「折角の入学式なのに髪の毛のひとつもセットしないとか、マジありえないし! おとーさん、ワックス借りるー!」

「いいぞー」


 家のダイニングの方から親父ののんびりとした声が聞こえる。小鐘は早速とばかりに棚から親父のワックスを取り出すと、俺の方へとにじり寄って来た。


「お、おい小鐘?」

「おにぃもこの際にヘアアレンジとか勉強しな?」

「ワックスとかそんな陽キャなもん使ってもしゃーねぇだろ」

「オタク君さぁ~……」


 俺に文句を言いながらもべたべたとワックスを俺の頭に付けては、ブラシで勝手に髪の毛をいじっていく我が妹。

 こうなっては仕方ない、小鐘に身を任せて俺はしゃかしゃか歯を磨くことに専念することにした。


「んー、もうちょい毛先遊ばせた方がいいかな……」

「あー……」

「おにぃ、あと一時間歯磨きしてて」

「無理言うなよ」


 小鐘からの無理難題を流して口をすすぐ。あぁっ、と俺から手を離した妹を洗面所に置いて朝飯を食いにダイニングへと向かった。


「おはよーオカン~、親父ー」

「おはよう哲俊、今日入学式でしょ? さっさとご飯食べて準備なさい」

「おっ、今日は髪の毛が決まってるじゃないか哲俊」

「小鐘が『入学式なんだから』って聞かなくてさ……」


 椅子に座りながら小鐘のことを愚痴ると、妹がぷりぷり怒りながら後からやってくる。


「だってただでさえダサいおにぃが、カッコいい彩人さんと一緒にいたらホントにダサく見えるんだもん!」

「おい、一応彩人からは『好きな顔』とは言われたぞ」

「イケメンとは言われてないじゃん!」


 確かに。おのれ彩人め……食パンにかじりつきながらここにいない彩人に恨み節を送る俺を見て、小鐘はジト目を送るのであった。


 手早く朝食を終えて新しい制服に手を通す。窓に映る自分の姿を見て、この『制服に着られている感』を感じるのは中学生以来だと思わず笑ってしまう。


「背とか伸びたら、似合うようになるのかね?」

「おにぃ、遅刻するよー」

「あーい今行くー」


 小鐘に言われて、俺は家を出る。『家から近い』という理由で市内の高校を選んだので中学校から対して通学路は変わっていないが……なんだろう、新鮮味を感じる。

 これが四月かぁ~とどうでもいいことを考えていると、すぐに昨日彩人とした待ち合わせ場所に到着した。


「さてと……彩人はーっと」

「おーいてっちん!」

「おー、おは……よう!?」


 手を振りながら駆け寄ってくる男子制服姿の彩人。満面の笑みでこっちに向かってくる友人に、通学路の人はみな彩人を見てぽけーっとしている。

 俺もその一人だ、いや――


「彩人……その髪型――」

「ん? これな、母ちゃんに『折角可愛いんだからおしゃれな髪にしないと!』ってやられた」


 昨日のセミロング姿とは打って変わって、今日の彩人は髪の毛を編み込んで毛先をくるっとカールしている……なんというか、すごい女の子っぽい髪型をしていた。

 『はーふあっぷ』だったっけか? 小鐘から以前そんな風に教えてもらったような髪型をしている彩人は、顔の良さも相まって――正直めちゃくちゃ可愛い。


「そっ、そうなのか! 俺も、小鐘に髪いじられてな、親父のワックス付けられたわ」

「あー、だからいつもと違って髪型決まってんだな。小鐘ちゃん、センスあるねぇ~」

「そ、そうか? お前がそう言うなら……後で小鐘に伝えとくよ」

「おう。んじゃ行くか」


 中学の時のように、俺と彩人は並んで歩き始める……が、いつもより視線を多く感じる。

 仕方がないか。『男ものの制服を女子が着ている』『白髪赤目の美少女』という目立ち要素役満の存在が隣を歩いているんだ、無理もない。


「おい、あの子」

「同じ制服か? うっわすっげえ可愛い、でもなんで男子制服なんか……」

「ほら、このご時世だろ? 女子が男子の制服着るのもおかしくねぇって。くっそぉ、横に歩いてる男いったいどんな徳積んだらあんな美少女と……」


 怨嗟と羨望の声があちこちから聞こえてきて居心地が悪い。チラッと当の本人を見てみるが、彩人は気にも留めてないようで――


「父ちゃんは仕事で来れないらしいけど、母ちゃんがビデオカメラ持ってくるってさ……って、聞いてる?」

「聞いてる聞いてる、ウチは家族総出だ。小鐘がすっげーお前に会いたがってたぞ」

「うっ……この姿見たら小鐘ちゃん、どう思うかな?」

「小鐘のことだし、それはそれで喜びそうな気もするぞ? 最近化粧とかハマってたし、練習台にされるかもな」


 こんな調子だ。周りの注目の的になってしまっていることに気が付いていない……いや、よく見るとうっすら耳が赤いな。


「ちょっと歩く速度上げるか」

「……助かる、てっちん」

「良いってことよ」

「うぅ……慣れないといけないよなぁ」


 肩をがっくし落とす彩人を、まぁまぁと俺は背中をぽんぽんと叩いて慰める。

 彩人は今まで物珍しさを見るような視線を向けられることは多かったが、女の子になってからは男性からの好意的な視線もプラスされるようになって戸惑っているのだろう。


「その……てっちんから見ても、オレって……可愛い、のか?」

「……そりゃ元がイケメンだったからな。女になった今も、可愛いと……思う、ぞ?」

「っそ、そっか……」


 気まずい時間が流れる。おまっ……いつもは『だろ~?』って俺に自慢してくる流れじゃねえか!?

 俺と彩人は二人とも顔を赤くしながら通学路を歩く。なんだよそのしおらしい態度……くそっ、可愛いな……

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