第3話 俺たちのテンプレ

「落ち着いたか?」

「……ん、落ち着いた」

「いやぁ~彩人が人前で泣くなんて、小学校以来か?」

「ばっ!? ちょっ、忘れろテメェ!」


 誰もいない夜の公園で、俺たち二人は揉みくちゃになってふざけ合っていた。忘れるなんてやなこった、絶対向こう10年はいじってやる。


「『居場所が……なくなったような気がして……』、ぶふっ!」

「笑うなぁ! というかてっちんも大概だからな!? 『俺の、大切な友達だ……』」

「あー止めろ! リピートすんな、恥ずかしさで死ぬ!」

「『何があっても俺たちは友達……だろ?』」


 あーこいつ二度も刺しやがった! 許さん!

 俺と彩人は互いにさっきの相手の言葉をいじり合い、恥ずかしがって顔が赤くなるのを見て楽しむ。こうして馬鹿をやっていると、お互いおかしくなって笑いが吹きこぼれるまでが俺たちのテンプレだ。


「ぷっ……くくくっ……!」

「っ……はははっ!」

「「あっはっはっはっは!」」


 どちらからともなく笑いが起きる。何やってんだよ俺たちって気持ちと、やっぱり彩人はこうじゃなくっちゃなって気持ちが半分ずつだ。

 俺はひとしきり笑うとベンチに座りなおし、さっきよりもすっきりとした表情をしている彩人を見て安心する。沈んでいた気持ちが少しでも上がったのなら良かった。


「はー……ありがとな、てっちん」

「感謝するならサイダー奢ってくれ」

「すまん、財布持ってきてねー」

「じゃあ今度な」


 俺の言葉に「おう!」と彩人は元気よく返事をしながら隣に座った。俺はそんな彩人に、さっき話に出した小学校のころの思い出を語る。


「ほら、彩人が教室の隅っこで泣いてたやつ。覚えてるか?」

「やめろよ恥ずかしい……まぁてっちんと初めて喋った時だから、覚えてるけどさ」

「『くるなっ!』ってすごい威嚇されたよなぁ。俺、なんて言ったっけ……?」

「『かっけぇ~!』だよ。目が悪くて誰が近付いてきたか分かんなかったから、てっちんの髪の色で『いじめてた奴が戻って来た!?』と思ってたっけ当時」


 彩人の言葉を聞いて朧気おぼろげだったその時の記憶がよみがえる。

 そうだったそうだった。リコーダーを自分の机に忘れたから取りに戻ろうと教室に向かう途中で、誰かのすすり泣く声が聞こえたんだっけ確か。


 気になってその教室の扉に付いてる窓からこっそり覗いてみたら、彩人が隅っこで壁の方向いて三角座りしてたっけ。


「――で俺、『手からほのお出る!?』って言ったんだっけか?」

「そうそう! いきなり馬鹿みてぇなこと言ってくるなって思ったわ」

「うるせえっ、当時の俺は馬鹿だったんだよ! マンガのキャラが現実に出てきたって本気で思っちまうぐらいはな」

「ははっ! で、オレも呆気にとられながらも馬鹿正直に『でない……』って返してな」


 あったあった、それで『それはまだ力にめざめてないだけだ!』って俺が彩人を引っ張ってそのマンガを一緒に読み始めたのがきっかけだったな。


「あの後すげーオカンに怒られてさ、『宿題もしないで遊んでるんじゃないの!』って。しかもリコーダー忘れっぱなしで宿題出来ねぇの!」

「馬鹿だなぁ~」

「次の日の朝に、必死になって練習したけど全然ダメダメでさぁ――」

 

 話が盛り上がる盛り上がる。いつまでも話が続くこの感じ、やっぱり彩人なんだと俺は再確認した。

 あれもあったよな、そうそうこれも――彩人と俺の昔話は際限なく続く。


 それだけ彩人と過ごした時間が濃かったということなのだと思う。いくら話しても足りない、そう言えばこんなのも――


「こら~! いつまでも遊んでないで、早く帰りなさーい!」

「やべっ、お巡りさんだ。はーい、わかりましたー!」

「……帰ろうぜ、彩人」

「そうだなてっちん」


 だが、そんな楽しい時間も永遠には続かない。パトロール中のお巡りさんに怒られ、俺たちはそそくさと夜の公園を後にするのだった。


 帰り道でも、昔話に花を咲かせる俺たち。そういえば……と俺はふと疑問に思ったことを彩人に問いかける。


「明日の入学式、彩人はどっちの制服で行くんだ?」

「どっち?」

「あー……男か女かってこと」

「男の方だよ、ズボンの裾とかめっちゃ折る予定」


 再採寸自体は終わってるけど、間に合わなくてな~と肩を落としながら彩人は俺の横を歩く。


「はぁ~……浮くだろうなぁ」

「彩人の場合、白い髪に赤い目で既に浮くだろ」

「確かに。じゃあもう変わんねぇか」

「高度が『空』か『宇宙』かの違いしかないな」


 そもそもアルビノの体質自体が黒髪だらけの空間で浮いていたのだ、今さら男ものの制服着てる女の子とか浮く要素が増えただけにすぎん。

 俺がそう思っていると、横で歩いていた彩人が歩くスピードを落とす。振り返って彩人を見ると、少し不安げな目で俺の方を彩人が見ていた。


「な、なぁてっちん……明日、一緒に学校いかね?」

「何を不安がってるのか知らんが、最初からそのつもりだぞ」

「そっ、そうだよな! うん、てっちんならそう言うよな……」

「なんだお前~、まーた不安になっちまったのかぁ~?」


 可愛い奴め~と俺は彩人の肩に腕を回す。女子特有の甘い香りと柔らかい感触が体温と共に伝わってくるのに内心ドキドキしながらも、ぐしゃぐしゃに彩人の髪の毛を乱すように頭を撫でまわしてやった。


「ちょっ、そんなんじゃねぇって~!」

「素直になれよ~、『距離取られるかもしれないって不安になってました』ってさ~」

「ああぁ、うるさいうるさい! 明日8時に集合、いいな!?」

「わーってるよ。言わなくてもいつもそうだったじゃねえか、俺たち」


 何も言わずとも通学路が重なるこの場所で、俺たちはその時間帯に集まってたじゃないか。

 やっぱり不安になってんじゃねえか彩人~。


「そう、だったな……じゃあなてっちん、また明日……な」

「おう、遅刻しないようにな」

「あ、そうだ――」


 俺の腕を振り払って抜け出した彩人が、別れ際に俺に振り返って笑う。


「――てっちんの顔、初めてはっきり見えたけど……オレは好きだぞ、お前の顔!」

「っ……!」

「じゃあなてっちん!」


 屈託のない笑顔を向けながら自分の家に帰っていく彩人の後姿を見送りつつ俺は、今が夜で良かったと心の底から思っていた。

 ――今の俺は、間違いなく顔が真っ赤になっていただろうから。

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