第38話 猪
「で、闇とやらはどこに封印されているんだ?」
「この世界そのものに、です」
「は?」
そんなもんどうやって倒すんだよ。
「別に闇が世界そのものだと言っている訳ではありません。闇は世界に封印されているだけであり、封印を解くのは簡単です。だって……ここからでも封印を破壊できる訳ですから」
「……世界に封印されているから、逆に世界のどこからでも封印が解除できるってか?」
結構意味不明なんだが、まぁ納得できない訳ではない。
「じゃあ、さっさと封印解除して倒してしまおうか」
「そうですね」
彼女はにこりと笑って頷き、指を鳴らした瞬間に大地が避けて黒い何かが噴出してきた。神と相対した時のような特別な威圧感を感じることはないが……その黒い靄のようななにかには、本能的な忌避と共に魅入られるような何かを感じる。
「これが闇です」
「ふざけんな!」
いきなりこの場所で、準備もなく封印解除することあるか!? さっさと解除して倒そうってのは、なんの準備もせずにやるってことじゃないからな!
大地から溢れ出るように漏れ出す闇は、ひたすらにその大きさを広げていき……やがて一つの形にまとまった。その姿は、まるで巨大な猪。
『貴様……私の封印を解くとは、恐れを知らぬ馬鹿だな』
「いや、封印を解いたの俺じゃないから!」
「私よ」
『ぬ』
俺に顔を近づけて生意気そうに言うので、普通に訂正してやったら光が前に出て普通に自分がやったと名乗った。猪顔を近づけていた闇は、その姿を見た瞬間に目に敵意を浮かべた。
『貴様が……よくも私の前に平然と姿を現せたものだな!』
「当たり前です。だって彼が新たな創世神として貴方を封印するんですから」
『ほざけ!』
「ちょっ!?」
煽るだけ煽って、最後に俺に擦り付けるのやめろ!
闇の猪は怒りの咆哮だけで周囲の全てを吹き飛ばす勢いがあったが、それに加えて身体から闇を噴出させている。身体から噴出する闇は段々と形を変えていき、異形の生物へと姿となった。間違いなく、神々を倒す道中でそれなりの数を相手にしていた異形の生物、その誕生の瞬間だった。
俺が風の権能を使って対抗しようとしたが、それよりも早く彼女が光を発してその全ての異形を消し飛ばした。
「イザベラ!」
「無理! 妾、この闇だけはどうしても勝てん!」
「だったらエレナさんと瑞樹さんを守ってくれ!」
「それには及びません。私の光があれば、2人も戦えます」
戦える? 冗談じゃない……俺はエレナさんと瑞樹さんを守る為に戦っているのであって、2人と共に世界を守る為に肩を並べたい訳ではない。しかし、そんな俺の考えなど無視するように、エレナさんと瑞樹さんは光を纏いながらこちらに向かってきた。
「見ているだけなんて嫌ですからね!」
「同感だな。守られるためだけに、ゼフィルスについてきた訳ではない」
「うぅ……仕方ない、今回だけは闇とも戦ってやる!」
エレナさんと瑞樹さんがこちらに向かってきたことで、何故かイザベラも一緒に戦うことになっていた。そんなに嫌なら1人で逃げてればいいのに。
『ぬぅっ!? 貴様、本当に権能を束ねているのか!』
「え? なんでそこで俺に視線が向くんだよ」
エレナさんと瑞樹さんの前に出ながら風を放出して、猪に目を向けたらさっきまで光に向いていた視線がこっちに向いた。今までの話を聞いている感じなら、光に対して色々と思うところがあるからこんなに怒っているんじゃないの? なんでそこに俺に視線が向くんだよ。
『新たな創世神……あの屑の世迷言ではなさそうだな。ならば貴様も私の敵だ!』
「ちょっ!?」
創世神はお前の敵なのかよ!
身体中から出現した魔獣は光の力であっという間に消えてしまったが、今度はその巨体を活かしてそのまま突っ込んできた。即座に闘争の権能を発動しながら風の権能で巨大な壁を生み出す。
『ぐぬぅっ!? この程度っ!』
「ちぃっ!」
壁、と言っても風を前面に押し出して猪の巨体を押し返しているだけなので、巨体で押されるとそのまま俺の身体もどんどんと後ろに向かって押されていく。それを、闘争の権能によって強くなった身体能力で踏ん張ろうって考えなのだが……相手の力を思ったよりも強いのでかなり辛い。
そんな俺の考えを理解しているのか、エレナさんが真っ先に飛び出していった。
「おい!」
「私がなんとかゼフィルスの負担を減らす。イザベラは私を援護しろ!」
「無茶言うな!」
ひたすらに押してくる猪に向かって、これまた猪のように突っ込んでいくエレナさんに対して、イザベラは無茶を言うなと叫びながらも、黄金を出現させて猪に向かって攻撃していた。
光はその攻防を見て何を思ったのか、突然俺の背中に触れてきた。
「貴方に私の力を分け与えます」
「分け与えるって……そんなことしてどうすんだよ!」
「私が今からその役割を変わりますから、貴方があれに攻撃してください。勝つにはそれしかありません」
そ、そんなことできるか? そんでもって、光の力とやらがあればそれだけであの闇の猪を倒せるのだろうか。あんまり信用ならないが、とにかくぼんやりと力は貰えたので取り敢えず瑞樹さんを抱えて上に飛ぶ。
後ろに立っていた光は、俺がいなくなった瞬間に周囲の空間から幾つもの鎖を召喚して猪の身体を一気に拘束していく。
『これはっ!?』
「わかりますか? 以前に貴方の肉体を封じ込めた光の鎖ですよ……あの時も、私がこうして貴方の動きを封じ込めて、創世神が貴方を世界に封印したんでしたね」
『ふざけるな!』
おい、地味に俺にプレッシャーがかかるようなこと言うなよ。
俺の腕に抱えられている瑞樹さんが、ちょっと不満そうな顔をしながらこちらを見てきた。多分、守られるだけじゃ嫌だって言いたいんだろうけど、ここはなんとか俺に任せて欲しい。
先に向かっていったイザベラとエレナさんの攻撃は……全く気にしていないようだな。エレナさんも光の力を上手く扱いながら攻撃しているが、効いている様子はない。
「どうするんですか?」
「……とにかく、やってみるかな」
光の力を与えられたって、できることは限られているし……俺にできることをしてみよう。
俺の身体の中に新たに追加された力……運命の権能によって、空から隕石を近づけてみる。もしかしたら、グリナドールも星々の神としての魔法じゃなくて、運命の権能で呼び寄せてたのかな。
無駄なことを考えながら上から呼び寄せた隕石は、鎖によって全身を拘束されている猪の頭に直撃した。
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