第31話 これで五分

 この感覚だ……全身が無理やり動かされているかのような、張り詰めていながら不快感にまみれた感覚。闘争の権能を最大まで解放したことによる身体能力の強化は、そんな意味不明な不快感を俺の身体にもたらす。しかし、ここで立ち止まっている訳にはいかない。

 俺が2つの権能を同時に発動したことに気が付いたのか、リリヴィアは酷く動揺したような顔をしている。さっきまで基本的に能面のよな無表情だった癖に、いきなり動揺しているのは……2つの権能をという本来ならばあり得ない姿を見たことが原因か。


「人間風情がっ!」

「その傲慢な考えが世界を滅ぼす……わからないのか!? お前たち神々が世界を放っておいたから、こうなってるんだろうが!」

「違います! 我々は創世神の後を継ぐために生み出された……誰が最後まで生き残るのか、それを駆けて戦う運命なのです!」

「笑えないぞ! 姉妹の中に運命を操る神がいながら、運命を口にするなんてな!」


 創世神も悪いと思うが……きっと、創世神は父親として子供たちに協力して世界を運営して欲しかったんだと思う。創世神なんて名前からして、きっとその神は孤独だったと思うから。だから、同格の存在である姉妹を作って世界を平定するように言ったのに……あろうことか、命を奪い合おうとする仲になるなんて想定していなかったんだと思う。殺し合いを始めた時点で、失敗作だったと切り捨てればよかったのかと言われれば、そうではないと思うが……創世神はもっと早く、なにかの手を打つべきだったのだろう。

 それはそれとして、親の心子知らずとはよく言ったもので、この神々は創世神のことなど放っておいて姉妹で殺し合いを始めた訳だ。そりゃあ……人間だってまともに進化しないよな。


「このっ!?」


 リリヴィアは闘争の権能を使用して高速移動する俺を捉えるために、大量の矢を放ってきたが、俺の背後にいたイザベラが黄金の波を生み出してリリヴィアごと全てを飲み込んだ。


「ぐっ……す、少し魔力を使いすぎた」

「ちょっとゆっくりしてろ」


 神と言えども、魔力を無限に扱える訳ではない。ずっとリリヴィアと戦いながら権能を発動していたイザベラが、大量の黄金を生み出したことで動けなくなるのは仕方がないことだ。しかし、それは同じように権能を使用し続けているリリヴィアにも言えることだ。つまり、短期決戦で終わらせたいと考えているのは向こうも同じ。

 黄金の中から勢いよく飛び出してきたリリヴィアは、怒りの形相でイザベラを睨み付けてから弓を構えた。


「イザベラぁっ!」

「させるかっ!」


 弓を構えて停止した瞬間に、横っ腹を蹴ってリリヴィアを黄金となった地面に叩きつける。同時に、風の権能を発動して風の刃を複数飛ばす。

 黄金の中に頭から突っ込んだ後に、全身に風の刃によって傷つけられたリリヴィアは、全身がズタボロになりながら地面を転がっていたが、瞬きする間に身体は元通りになり、こちらに向かって弓を構えている。しかし……イザベラの魔力が枯渇しかけているように、リリヴィアもあれだけ矢を放ちながら再生していれば魔力が尽きそうなものだが……やはり領域から引きずり出さないと駄目か。


「イザベラ!」

「なんとか、やってみるさ!」


 恐らく、今のイザベラに新しく黄金を生み出すほどの余裕はない。それをすると……リリヴィアが発している生死の権能に対抗することができなくなる。だが、既に地面に転がっている大量の黄金を操ることはできるはずだ。

 上昇した身体能力で一気に距離を詰めて、リリヴィアの両手を掴んで抑えつけて押し倒す。


「うっ!? 卑しき簒奪者が私の身体に触れるなど、許されることではっ」

「知ったことか! イザベラなんとかしろ!」

「もっと具体的に言って欲しいものだが、ここは任されたと言おう!」


 俺がリリヴィアの動きを封じると同時に、地面にぶちまけられたていた黄金が鎖のような形に変わり、リリヴィアの両足に絡みつくのが見えた。このままリリヴィアを抑えていたら俺も巻き込まれると思い、なんとか逃げようとしたら、地面から急に生えてきた植物が俺の身体に巻き付いてリリヴィアと共に縛り付けられた。


「はっ!?」

「逃がすものかっ!」

「ゼフィルス、我慢しろよ」


 俺が捕まったことにイザベラも気が付いたらしいが、それはそれとしてチャンスを逃すつもりはないらしく、鎖を引っ張って俺の身体ごとリリヴィアを森の外に向けて放り投げた。

 想像以上の力で放り出されたので、空中で態勢を整えるのに苦労したが、全身から風を放つことで絡みついてくる植物を千切り、地面に叩きつけられる前に脱出する。


「ぶへっ!? いってぇ……マジで痛い……」

「ゼフィルス!」

「裕太郎さん!?」


 森の外の平原でゴロゴロ転がりながら滅茶苦茶痛い思いをしていたのだが、どうやらイザベラはわざわざエレナさんと瑞樹さんが避難していた方へと投げてくれたらしく、地面を転がる俺を心配して2人が近寄ってきてくれた。

 俺が2人に大丈夫だと言葉を返すよりも先に、地面に叩きつけられていたはずのリリヴィアが立ち上がった。


「……私を、森の外に出すためですか」

「そういうことだな」


 リリヴィアの神域から引きずり出したことで、傷の再生速度が見るからに遅くっている。なにより……ずっと余裕の表情をしていたリリヴィアが肩で息をしている。それだけ、神域から飛び出すことが負担になっているのだろう。


「おっと、森には戻らせないぞ」

「っ!?」

「ここで、決着をつける」


 後退りながら森の方へと視線を向けたリリヴィアは、背後に立っているイザベラを見て顔を歪めてから、俺に対して怒りの視線を向けてくる。

 ここまで不死性を発揮してきたリリヴィアだが……さっきまでのように俺の攻撃を全て受けながら戦うことなんてできなくなったはずだ。


「よし……あと、少しっ!」


 俺も、2つの権能を全力で解放した反動で、身体のあちこちが痛いのだが……あと少しだけなら堪えられる。それでもダメだったら……イザベラから貰った3つ目の権能も使うことを、考えないと駄目かな。


「どこまでも私を虚仮にして……いいでしょう! そんなに死にたいのならば二度とこの世界にいられないように徹底的に殺して差し上げます!」


 生命の循環、世界の法則を司る神が……牙を剥いた。

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