第29話 2対1

 黄金の塊が宙を舞い、放たれた矢が平然と大地を抉って黄金を砕く。

 あまりにも有り得ない超常的な戦闘が傍で起きているからなのか、さっきから森の守護者たちの動きが鈍い。まぁ……権能を持たない者たちからすれば、そもそもあの2柱の放つ威圧感の前に、まともに立っていることもできないんだろうけど。

 生命の終わりと始まりを司る生命の神リリヴィアと、不滅と永遠を司る黄金の神イザベラの戦い。周囲では絶えず生命が消えては生まれ、また消えては生まれを繰り返すリリヴィアの「生命」の権能と、一切姿も変わらずに黄金のままあり続けるイザベラの「不滅」の権能は、完全に拮抗している。

 権能が拮抗した状態になると、2柱の神は自らが得意とする属性を操って魔法を放つ。リリヴィアは狩人として弓を扱い、イザベラは腐食しない黄金を武器として使用する。


「はぁっ!」


 なんとか立ち上がって襲い掛かってくる森の守護者たちも、エレナさんによって簡単に退けられる。森の木々に隠れながら次々と攻撃を仕掛けてきているのだが、エレナさん相手にはあまり効果が出ていないようだ。

 時折、背後にいる俺と瑞樹さんを狙って攻撃を放って来るが、当然ながらそんな攻撃は風に弾かれるので意味はない。多分……森の守護者たちは、イザベラとリリヴィアの気配の強さのせいで、俺の権能から漏れ出る神としての力を察知できていないんだと思う。できていたら、こんな無駄な攻撃はしないだろう。


「……エレナさん、瑞樹さん、ここは任せますよ」

「はい」

「わかっている」


 このまま放置していてもリリヴィアとイザベラは千日手、エレナさんが森の守護者を倒し切って加勢に行ったところで焼け石に水……だったら、この場で権能を持っている俺が派手に動いて戦況を変えるしかない。

 瑞樹さんから離れて風の権能を最大解放し、森の守護者たちが飛び回る木々に向かって風の塊を放つ。少し進んだ先で、風の塊は一気に広がって……森の木々ごと敵を吹き飛ばす。


「っ!? 動きましたか!」

「余所見か、余裕だな」


 俺の風に反応して、リリヴィアがこちらに視線を向けた瞬間に、イザベラが黄金で作り出した槍がリリヴィアの腹を貫いた。明らかに、俺が動くのを待って行った動きだが、腹を貫かれた程度で死ぬのならば生命の神は名乗っていないだろう。

 腹に槍が突き刺さったまま、表情一つ変えずにリリヴィアは矢を上空に向かって放った。数秒後、味方であるはずの森の守護者たちなど関係ないとばかり降ってきたのは……避ける場所も存在しないほど密度の濃い矢の雨。


「ぐっ!?」


 大量に降ってきた矢に対して、真っ先にイザベラが黄金を生み出して屋根を作ったが矢は一瞬で黄金を貫いて地面まで突き刺さる。イザベラは自分の身を守ることで精一杯で、瑞樹さんとエレナさんは協力して風を発生させながらなんとか避けている。森の守護者たちは……避けることもできずに簡単に死んでいく。


「馬鹿なっ!?」

「相性が悪いんじゃないか?」


 矢の雨で自分が有利な状況を作り出せていると思ったいたようだが、俺の権能である風の力は、簡単に矢を逸らしていく。足の踏み場もないような弾幕だが……俺が歩く場所にはそもそも矢が飛んでこないので、全く問題ない。

 一気に近づいて殴りかかったら、リリヴィアは驚愕の表情のまま物凄い距離を開けるように逃げた。自分の攻撃が、人間如きに通じなかったことに心底驚いてるって感じだ。


「くっ!? 卑しき来訪者がっ!」

「その卑しきって言うのやめてくれよ。神々が怠惰だから俺が呼ばれたわけで……俺が卑しいんじゃなくて、お前たちが馬鹿なんだって創世神には思われてるみたいだけど?」

「潰す」


 彼女の持つ生命の権能はイザベラの不滅の権能と拮抗したまま。つまり……リリヴィアは今、魔法しか使えない状態。攻めるなら、今しかない。

 矢を放たれるよりも先に距離を詰めて、闘争の権能によって強化された身体能力で殴りかかる。しかし、リリヴィアはひらりと舞い踊るような動きだけでこちらの攻撃を避けながら、何発も連続で矢を放ってくる。

 風の流れによって矢を後ろに逸らしているが、その数秒後には爆発音のようなものが矢の数だけ聞こえてくるのだから、直撃したらまず命はないと考えていいだろう。


「なにを、している」

「なにって……真似してる」


 近寄ってもひらひらと躱されてしまうので、こちらが消耗する一方なので……何度も見せられた動きを真似しているだけだ。戦争の神ガンディアを弑逆して簒奪した闘争の権能は、俺の身体に確かな闘争心と身体能力と共に……俺にあらゆる武芸の動きを叩きこんでくれた。今の俺は、剣を持てばそれなりに触れるし、槍を持ってもそれなりに戦える。エレナさんのように普段から使っている人と戦っても勝てる訳ではないが……最低限の動きはできる。

 風を掌に集中させて……薄く横に伸ばしていく。頭の中にイメージするのは、リリヴィアが持っている弓と全く同じもの。不可視の弓を手に取り、弦を引き絞り……放つ。


「っ!?」

「自分で言うのもなんだけど、思ったより様になってるな」


 放たれた風の衝撃は、リリヴィアの頬に薄い切り傷を作り出した。俺が放った矢を脅威だと判断したのか、幾つもの矢をリリヴィアが放ってきたので、俺もそれに対応するように弦を鳴らす。俺の命を奪うために近づいてきていた矢が……空中で弾け飛ぶ。


「ははははっ! いいな、本当に面白い奴だゼフィルス……やはり敵対しなくて正解だった!」


 笑いながらそう言うのは、俺の背後で黄金を大量に作り出しているイザベラ。俺の攻撃を援護するように、リリヴィアが放った矢を黄金の塊で撃ち落としていく。

 空中で衝突するものがなくなった風の矢は、リリヴィアの全身に大きな切り傷を沢山作っていくが……彼女は憮然とした表情でこちらを睨むだけ。よくみると……傷があっという間に消えている。


「何を驚く必要があるのですか? 私は生命の神リリヴィア……この世の生命という全てを支配する貴方たち出来損ないの人間の完全なる上位種。この程度の傷、治すことに手間などかかりません」

「これがずるいんだよな……こいつ、自分の生命を操って傷を治しているんだ」

「……倒す方法は?」

「それがわかったら、数千年前に妾が殺してる」


 そりゃあ、そうだな。

 神ってのは……面倒な相手だな。

 

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