第27話 闇

「妾が悪かったからさー……いきなり口付けしたのは謝るから、これ外してくれよー」


 黄金の都ゴルドーナを出て、リリヴィアの神域を目指して歩いていると、エレナさんが持っている紐の先にいる手を縛られて連れられている黄金の神イザベラがぶーぶー言ってきた。

 いきなりキスされたことは滅茶苦茶不快だったって訳でもない。この世の者とは思えない美女にキスされて、嫌だと思うような男はそうそういないと思うが……問題はその後である。明らかになにかしらの力を使って俺の思考を蕩けさせたことが滅茶苦茶不快だったし、そのまま流し込まれた力もなんとなく不快だった。

 イザベラのキスによって与えられた力は、イザベラが持っている「不滅」の権能、その一部である。実質的に権能を3つ持つことになった訳だが、闘争の権能を簒奪した時ほどの万能感はなかった。完全に権能を簒奪したわけじゃないから、そうなってるんだろうけど……これで世界が守れるのかな。

 ごちゃごちゃと文句を言って騒いでいるイザベラに対して、エレナさんは紐を引っ張ってイザベラを引き寄せる。


「黙って歩け。私は今、非常に機嫌が悪い」

「何故? そっちの女はゼフィルスのことを愛していると言っていたから怒るのはわかるけど、貴女はゼフィルスのことを愛していないんじゃないのか? どうして貴女がそんなに不機嫌になる」

「お前のような女が嫌いだからだ」

「そうか……嫉妬だな」

「は?」


 おーおー、2人でいきなり喧嘩……いや、イザベラの方が一方的に馬鹿にしているだけだから、喧嘩にはなっていないか。


「大変ですね……裕太郎さんは静かな女性の方が好きですか?」

「え? あー……うん、多分?」


 多分、日本人男性は基本的にお淑やかな人を好きになる人が多いんじゃないかな? 絶対にとは言わないけど、昔から大和撫子なんて言葉があるんだからそうなんじゃないか。少なくとも、俺は元気いっぱいの女の子よりも、お淑やかな女の子の方が好きだ。


「そうなんですね……じゃあ私、頑張ってお淑やかな女性になってみますね」

「いや、瑞樹さんはかなりお淑やかだと思いますよ」

「本当ですか? つまり……私は裕太郎さんにとってタイプってことですか?」

「え、あー……そう、かも?」


 多分?


「ふふ、じゃあこのままでいいですね。これからもよろしくお願いします」

「おい、何故そこでくっついている。さっさと行くぞ」

「いや、エレナさんとイザベラが勝手に立ち止まってたんじゃ──」

「何か言ったか?」

「なんでもありません」


 やばいって……今のは視線だけで人を殺せるよ。イザベラはエレナさんを怒らせた責任取れよ。



 黄金の都ゴルドーナから離れて、リリヴィアの神域を目指しているわけだが……次にリリヴィアと戦うのか、それともグリナドールと戦うのかは決めていない。ただ、ゴルドーナからノクトーンよりも神域の方が近いのだから、ただ目指しているだけだ。とは言え……リリヴィアとグリナドールだったら、リリヴィアノ方が勝てそうってのは思っている。


 だだっ広い平原を、風の権能によって周囲を把握しながら歩いている。当然、道中で魔獣なんかに襲われることもあるのだが、ここにいるのは風の権能と闘争の権能を持っている俺、そしてその加護を受けたエレナさんと瑞樹さん、更に不滅の権能を持つ黄金の神ゴルドーナがいる。権能に惹かれる「闇」が襲ってくるのは当たり前だった。


「そっちに行ったぞ!」

「はい!」


 エレナさんを先頭に襲ってきた異形の怪物を相手にしていたら、エレナさんの横を抜けて瑞樹さんに1体向かっていった。すぐに助けに行けるようにしようとしたが、権能を2つ持っている俺の方には大量の異形の魔物が襲い掛かってくる。


「くそったれっ!」


 権能を起動して風の力を開放すると、俺の周りに集まっていた異形の魔物は簡単に吹き飛んで行った。しかし、権能を使ったことでそれ以上の怪物がこっちに集まってきてしまった。


「無限に湧いてきてるのかっ!?」

「ちぃっ!」


 想像を遥かに超える物量に俺もエレナさんもそれなりに追いつめられていたが、瑞樹さんが風の力を使って駆け出した。一気にそちらに全員の視線が向いた瞬間に、ずっと逃げ回っていたイザベラが微笑んだ。


「さ、これで終わりだ」


 瑞樹さんに視線が集まった瞬間を狙っていたのか、イザベラが両手を広げるのと同時に、地面ごと大量の魔物たちが黄金に変わった。俺とエレナさん、そして駆けていた瑞樹さん以外の全てが黄金に変わっている。不滅の権能ではない……あれが、黄金の神と呼ばれる理由の魔法か。

 辺り一面の黄金を見て、イザベラはそれを鼻で笑った。黄金はボロボロ崩れていき……簡単に塵となって消えた。生物を一瞬で黄金に変え、そして黄金が簡単に塵となって消えていく……とんだ初見殺しの魔法だと思うが、肌で感じた圧力はそれほどでもなかった。多分、権能を持っている俺なら簡単に抵抗できると思う。


「それにしても、気持ち悪い存在だな。ゼフィルスもそう思わないか? どこからともなく現れて、ひたすらに権能を持つ者をつけ狙って襲ってくる闇の眷属。地を這う姿がお似合いだと思うが……こうも数が多いと気色悪いものだな」

「……イザベラは、闇を知っているのか?」

「知らない。あれは創世神が妾を生み出すよりも前に生まれた存在……はっきり言って、なにか言えるほどの知識はない。創世神が死んだ今、あれについて詳しく知っているのは、闇と対になる光だけだろうな」


 光、か……闇がこれだけ世界に影響を及ぼしているのに、表に出てきていない時点で俺はあんまり信用できる存在ではないと思っているんだが、どうなんだろうな。

 何はともあれ、イザベラの力のおかげで闇はとりあえず凌ぐことができた。神々の権能を集めてから、世界を修復する前にあの闇をなんとかしないといけないんだよな……そうしないと、世界を安定させても簡単に滅んじゃうからもしれないから。権能を持つ者としてそれぐらいのことはやってやらないと……と言うか、今の神々はそんなこともしてないんだよな。自分たちが狙われていることも知っているのに、自分たちが住んでいる領域しか対処しないなんて、マジでやる気なさすぎじゃないか?

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