第26話 自由な女

 イザベラが差し伸ばしてきた手を俺は叩いて断った。


「悪いが、神は全部俺の敵だ」

「そう意固地になることはないと思うが……何故断る必要がある?」

「決まってるだろ……俺はアンタが減って欲しいと願う愚かな人間がそれなりに好きなんだ」

「あー……」


 俺の言葉を聞いて、イザベラはバツが悪そうな顔した。どこまでも人間らしい仕草をしながら、実際には人間の感情なんて微塵も理解できない怪物……それが神だ。


「まぁ、お前と戦うくらいなら妾が妥協しよう! それくらいの理性はあるし、なによりくだらない人間に対してお前と敵対してまで手を下すほど、妾は積極的に動く神ではない! だから、停戦協定でも結ぼうか」


 少しだけ、考えてみる。

 今からイザベラと戦って権能を無理やり奪い取るメリットは、単純に俺が強化されるということ。権能が1つから2つになったけで俺の能力が上がったように、権能が2つから3つになればそれだけ俺は強化されるだろう。戦力強化という面だけで考えれば、俺はイザベラを弑逆してその「不滅」の権能を簒奪するべきだろう。

 反対に、俺が今からイザベラと戦うことのデメリットは、黄金の神イザベラの力が未知数が故に……瑞樹さんとエレナさんの安全が保障できないということ。そして、なによりも……イザベラの権能から考えて倒すのが非常に面倒くさいであろうということだ。

 イザベラと少し接した感想としては、ガンディアとは違って俺のことをしっかりと権能を持つ同等の存在であると警戒している。そうなると、ガンディアの時のように不意を突くようなことはできないし、権能を持つ者同士で本気で戦ったら……マジでどうなるのかわからないからな。


「……いいけど、将来的にはしっかりと世界を安定させるために力を貸してくれよ?」

「ん? なにか勘違いしているようだが、妾もお前と共に行くぞ」

「え」

「来るな」

「いらないです」


 俺が否定するよりも早く、エレナさんと瑞樹さんが否定した。いや……確かに俺としてもあんまり乗り気じゃないって感じなんだけど、権能を持っている存在が1人増えるってのは大きいよな。


「ふ、ふざけるなっ!」


 イザベラをどうしようかと悩んでいると、俺たちの背後からおっさんがいきなり騒ぎ出した。ゆっくりと振り返ると、無駄にキラキラとした装飾品に身を包んだおっさんがめっちゃ怒った顔でこっちに詰め寄ってきた。


「神であるイザベラ様がこの都から出ていくなど、この都が滅びるも同然ではないですか!? そんなことをすれば、何万という人が住む場所を失い、不幸になるのですぞ!?」

「知ったことか。そもそも妾は元々こんなクソ面倒くさい都市などどうでもいい。ただ、何もしなくても済むならそれでいいと思っていただけだ……それも、肉体を奪われるまでの話。妾を封印して権能の破片を利用し、好き勝手してきたくせに妾がいなくなると困るとは……余程死にたいと見えるな」


 そうなんだよ……結局、神々にとって重要なのは自分のことだけ。なんだかんだ言って、ガンディアだって国を運営するつもりなんて全くなく、イザベラも同じように都市を自分で動かすつもりなんて一切ないのだ。


「それ、妾の権能によって得たお前の幸福を全て奪い去ってやろう」

「へ? あ、あぁ……わ、私の宝石から輝きが消えていくぅ!?」

「当然だろう? そもそも、このゴルドーナの黄金や宝石は全てが妾の力によって生み出されたもの。つまり……力の持ち主である妾が簡単に接収できるというもの」


 当たり前っちゃ当たり前だけど、肉体を封印して権能だけを利用すれば自分たちの好きにできると思っていたんだろうな。神を自分の思い通りに動かそうなんて、無理なことは最初から考えない方がいいと思うけどな。

 イザベラが権能を行使した瞬間に、おっさんを着飾っていた装飾品から輝きが消えていく。色はくすんだものになり、美しかった黄金は瞬く間に錆びていく。本来ならば殆ど錆びることのない金が、こうも容易く錆びてしまうとは……どんな力なのか気になるな。

 宝石がイザベラの手の動きと共に砕け散った瞬間に、おっさんはその場にへたり込んでしまった。


「これで問題ないな」

「まぁ……俺としても問題はないですけど」


 この世界を救いたいとは思っているがこの世界に住んでいる人、その全員を幸せにしたいとは全く思っていないので、神が殺されたりいなくなったせいで滅びる街や国があってもあんまり気にしない。そもそも、世界を安定させて「闇」さえ封印してしまえば、神が地上でごちゃごちゃする必要もないのだから。

 この世界の人間は少し、神に依存しすぎている気がする。あまりにも神頼みというか……神という絶対的な存在には敵わないのだから、考えるだけ無駄だみたいな。そこをなんとかして人間がきちんと考えて生きていく世界に、なんて考えは一切ないが……世界の形としてはあまりにも歪だろう。


「よし、では出発するか!」

「……本当にこの女を連れていくのか?」

「目立ちますよ」

「そりゃあそうかもしれないですけど……あまりにも便利と言えば、便利なので」


 イザベラの力を使えば、俺と瑞樹さんが来訪者であることを周囲に隠すのは容易になるし、権能を使える仲間が増えるというのは単純なメリットだと思う。


「そうだ……ゼフィルス、お前には妾の権能を与えておこう」

「受け取ったら眷属になって命令には逆らえないとかないですよね」

「あほ。そもそもお前は権能を2つ持った存在で、妾は不滅のだけしか持っていないのだから、どちらが神としての格が上かなど子供でもわかるだろう」


 いや、そんな格が上とか下とかあることを知らないから。


「まぁ……悪いことがなにもないなら、権能ぐらい受け取りますけど」

「だろう? そら」

「え、んぐっ!?」

「はぁっ!?」

「な、なにしてるんですかっ!?」


 あればあるだけ嬉しいから受け取るって頷いたら、即座に肩を掴まれてそのまま唇を奪われた。自分で人間が美しいと感じる黄金比の身体だと言っていたが、マジで近くで見ると美人すぎてドキドキする。

 重ねられた唇の熱と同時に、密着する身体からは柔らかい感触が伝わってくるし、鼻腔をくすぐる甘い匂いは脳髄が痺れるような快楽がもたらしてくる。たったの数秒で思考が蕩けてそうになったが、咄嗟にイザベラを突き放すことでなんとか人間としての思考が戻ってきた。

 同時に、闘争と風の権能を最大出力で開放してイザベラの頭を狙って構える。


「なにしくれてんだ……」

「ちょっ!? さっきまで熱い口付けをしていた相手にそれはないだろうっ!?」


 いきなり命乞いをし始めたイザベラを見て、俺はため息を吐きながら拳を下した。

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