第22話 勝者

 肉を切り裂き貫通する感触が手に伝わってくる。風の刃なんだからそんなことまで伝えてくれなくていいのにな……でも、これは俺が自分の意志でやったことなのだと、しっかり認識しなければ駄目だ。


「がふっ、き、さま」

「……別に認めてくれなくてもいいよ。ただ、勝つのは俺だってだけだ」


 滴る血液が、透明な風の刃を彩っていく。

 5メートルある巨体に俺が近づいて喉を貫いたのではなく、戦斧を切断したその場から刀身を伸ばしてガンディアの喉を貫いたのだ。まぁ、俺が手にしていたのは風の刃なのであって、普通の剣ではないから。恐らく、ガンディアは何度か打ち合っている間に、俺の剣の間合いを見極めたと思ったのだろう。だから、1歩退いたことで範囲外に逃れたと考えながら、俺の剣と打ち合った。そして……俺はその1歩退くタイミングを待っていた。

 元々、身体能力は圧倒的にガンディアの方が上で、神として生きてきた経験も権能の完成度も全てがガンディアの方が上だったのだ。まともに真正面からやって、俺が勝てる要素なんてなかった。ただ……ガンディアはそんな状況から1歩退いた。だから、負けた。


「ガンディア、様」

「ゼフィルスがやったのか」


 ガンディアは俺のことを「認めてやる」と吠えていたが、それは結局俺のことを舐めていたということだ。どれだけ頭で相手は権能を持った人間なのだと理解しても、無意識のうちに所詮は人間だと、舐め腐っていた。その結末が……これだ。


「ガンディア、神の中で最強の武力を持つ存在だと聞いていたけど、確かにそれは本当だった。だからこそ、お前は俺に負けた」


 グリナドールだったら、多分踏み込んでこなかった。彼女は人間の持つ力と言うものを理解していたから。だから、彼女は人間を自ら変質させてその運命を操ることで利用していた。

 リリヴィアだったら、そもそも俺が風の刃を構えた時点で仲間を呼んでいた。彼女は権能の恐ろしさを理解していたから。だから、彼女は自らの権能を分け与えた存在を民として囲っていた。

 ガンディアは、強大すぎたのだ。強すぎるが故に敗北を知らず、敗北を知らないが故に対策を知らず、対策を知らないが故に命を落とす。神話の英雄としては……ありふれた末路だろう。


「貴様ぁっ!」

「ちっ!?」


 ガンディアの喉から大量の鮮血が吹き出るのと同時に、アインがエレナさんを押しのけて俺の方へと突撃してきた。自分の主であるガンディアがどれだけの強さを持っていて、どんな存在なのかを知りながらそれを倒した相手に突撃する。はっきり言って、自殺行為でしかない。

 再び風に身体を任せてアインの剣を避ける。剣術が素人の俺がどんな戦い方をしたって、アインのような騎士と呼ばれる人間に勝てる訳がないのだから、ただ風に身を任せる。ただし……反撃は自らの意思で行う。

 迫るアインの剣を紙一重で避けてから、アインの胸に風の塊を叩きつける。


「かっ!?」

「悪いとは言わないぞ」


 突撃してきた相手に対して手加減できるほど、俺は風の力をコントロールできている訳ではない。多分、アインはガンディアによって神の眷属にされている強き者なのだろうが……神の権能を真正面から受けて無事だとは思っていない。それだけ、神とそれ以外の差と言うのは隔絶たるものなのだ。


「……まだ、生きて、いるぞ」

「わかってるさ」


 アインに意識を裂きながらも、俺はガンディアのことを放置していた訳ではない。生物として隔絶たる差が人間と神にあるのならば、生命力にも当然差があって当たり前なのだ。勿論、喉を貫通されて血液が体外に大量に流れ出ることの影響は、神であろうとも無視できないはずだが……それで死んだり動けなくなるほど軟ではない。

 絶大な魔力が込められた拳を紙一重で避け、風の刃で右腕を切断する。右腕が放った衝撃波で瑞樹さんとエレナさんがまた吹き飛ばされているが、それを助けてやれるほどの余裕はない。


「来たれ、我が……闘争の、しもべたちよ」

「なに?」


 拳の衝撃波で城の壁にデカイ穴が開いた訳だが、そこからガンディアの眷属らしき騎士たちが乗り込んできた。すぐさまエレナさんと瑞樹さんが同時に風を放って、先頭の数人を穴から追い出していたが……どんどんと後続がやってくる。

 救援に動こうかと思考がそちらに向いた瞬間、目の前をガンディアの左拳が通り過ぎる。1歩踏み出していたら、確実に頭を消し飛ばされていた。


「上等っ!」

「ふ、はは……殺して、やろう……戦士、ゼフィルス」


 片腕でも俺を簡単に殺せると言わんばかりに不敵に笑うガンディアに、風の刃を飛ばす。手で剣として持つよりも切れ味は落ちるが、ガンディアの肉体に傷をつけるには充分な威力。しかし、ガンディアは回避する気など最初からないと言わんばかりに、最短距離で俺に詰め寄って拳を振るう。

 拳の風圧で騎士たちが吹き飛ぶ。敵味方などお構いなしに戦いを続けるガンディアだが……右腕を失い、喉からは大量の血が止まらずに流れ出ているのに、動きを止める気配がない。まさに……戦争の神。


「甘、い!」

「ちぃっ!?」


 そして、瀕死とは言え肉体の強さは相手の方が圧倒的に上。しかも、俺は権能の使い過ぎで限界が近い……ガンディアの激しい攻撃を避けるために常に風を放出していたから、想定していたよりも速い。

 当然ながら、俺から風が消えたらこの状況からでも拳一発で逆転される。だからと言って、ここで風を放出せずにガンディアを殺せるかと言うと……無理だ。


「駆けよ、我らの戦場を……我らの、栄光を」

「終わりだっ!」


 だから、ここで決める。

 全身からありったけの魔力を振り絞って戦うガンディアに対し、こちらも風を纏って最後の一撃を狙う。

 放たれた俺の刃は、的確にガンディアの心臓部を貫通して……ガンディアの左拳は俺の横を通り過ぎていった。


「……くた、ばれ」

「恨み事吐いて死んだのかよ……全然高潔な武人なんかじゃないな」


 まぁ、それも神らしいと言えば、そうなのかもしれない。

 ガンディアが死んでも、神の騎士たちは止まらない。すぐにエレナさんと瑞樹さんを助けなければと1歩踏み出した瞬間に、俺はその場に座り込んでいた。


「やべ……平衡、感覚が……」

「ゼフィルス!」

「エレナさん、祐太郎さんは私が!」


 ガンディアには確かに勝ったが、俺は既に立ち上がれないほどに体力を消耗してしまっていた。

 倒れそうになる身体を、いつの間にか近くにいた瑞樹さんが抱き留めてくれた。あぁ……結局、女の人に助けてもらって、情けないなぁ。

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