第19話 騎士の王国ブルガント

 戦士と戦士がぶつかっている。

 武器を手に、目の前の相手を殺すためにその力を振るう。血を流し、雄叫びをあげ、ただひたすらに敵を殺すために戦う。

 騎士の王国ブルガント最大の興行、闘技場だ。戦士と戦士が狭いコロシアムの中で向き合い、どちらかが死ぬまで続ける命をかけた狂気の興行。それが騎士の王国であるブルガントで最も民間人から愛されている娯楽らしい。

 周囲の人々は、闘技場の中で殺し合う戦士たちを見て金をかけ、殺し合いをただの娯楽へと変えている。


「……まるで獣だな」

「獣は同胞の殺し合いに金なんて賭けませんよ……イカレてる」


 コロシアムの最上階から戦士の戦いを見ているが、エレナさんと瑞樹さんはその醜い興行に顔を顰めていた。まぁ、俺も全くいい気なんてしないんだが。


 2人に加護を与えて、それを上手く操る訓練をしながらブルガントに潜入したのだが……戦士と戦士が殺し合うコロシアムがあると聞いて、俺たちはそこにやってきたのだが、はっきり言ってイカレた人間しかいなかった。

 戦士たちは本当に自分たちの命を尽くして戦い、観客の一般市民たちはそれを娯楽として平然と金を賭ける。それが裏社会で行われているならともかく、この国では表でやっているのだから救いようがない。

 何故、そんな非人道的な行いが娯楽として罷り通っているのか……それは、俺たちが座っている場所から見て真反対に座っている奴のせいだ。


「あれが、戦争の神ガンディアか」


 豪華な椅子に座っている巨人こそが、この騎士の王国ブルガントを支配するガンディア。ブルガントは騎士の王国となっているが、建国されてからずっとガンディアが国王なので、王国ではあるが他の神々の領域と大して変わらないのだとか。ただ、森の守護者しか存在しないリリヴィアの神域や、星守しか存在しないエクストーンとは違い、この国には多くの人間が住んでいる。

 それにしても……リリヴィア、グリナドールと普通ぐらいの姿をした神しか見てこなかったから、身長が5メートルぐらいありそうなガンディアを見るとちょっと違和感があるな。


「戦っているのは来訪者だと思ってたんだですけど、全然違うんですよね」

「来訪者も混ざってはいるが……聞いていた話とは大分違うな」


 エレナさんの持っている情報では、ブルガントでは来訪者は問答無用で奴隷とさせられ、戦争の為に駒として使われると聞いていた。だから、この国にやってきて闘技場の存在を聞いて……真っ先にこの場所で奴隷となった来訪者が戦いっているものだと思ったんだが、そうでもないようだ。


「それにしても趣味が悪いな」

「……闘技場で10連勝したら、そいつには闘争の権能を分け与えて神の騎士として部下にしてやる、ですか」


 この闘技場で人々が命を懸けて戦っている理由は、信仰する戦争の神ガンディアに闘争を捧げ、最終的には勝ち続けて権能を授かり、神の騎士としてその身を一生ガンディアに捧げるためなのだとか。こんな風に戦士の命に平然と金を賭ける国民もどうかと思うが、そんなイカレた話を聞いてもなお神の為にと命を投げ捨てる戦士もイカレている。

 この国は、全てがおかしいのだ。


「どうする? ガンディアの命を狙うのが目的ではあるが、本当にガンディアが神の騎士とやらを作っているのだとしたら……私たちで勝ち目などないぞ?」


 そりゃあそうだ。多分、真正面から俺がガンディアと戦っても権能の差はなんとかなっても、基礎スペックの部分でボロ負けして死ぬ。しかし、エレナさんや瑞樹さんが神の権能を分け与えられた眷属として共に戦ってくれても、ガンディアだって神の騎士団を持っているのだから条件は五分どころか、向こうの方が戦力的に充実している。

 もし、この闘技場で戦っている人たちが無理やりやらされていて、それに対する不満を持っていたりするのならばそこに付け込んで反乱を起こさせるって方法もあったんだろうが……どう見ても全員進んで殺し合っている。


「あー……魔法も使えない来訪者を眷属にしたって、戦力的にはたかが知れているし、マジでどうすればいいのかわからないなー」


 リリヴィア、グリナドール、ガンディアと勝てそうな相手が全く思い浮かばない。この感じでは、多分黄金の神イザベラも似たようなものだろう。仮に神々の1柱でも殺すことができれば、その権能を使って他の神々に勝つこともできるかもしれないが……堂々巡りだな。


「戦争の神ガンディアは、1対1の戦いを好まないと聞いていたが、この催しを見る限りはそんな感じには見えないが」

「自分が戦う場合はってことじゃないんですか?」


 戦争の神だから1対1を求めないとは言え、結局は闘争の権能を持つものなので、戦えればなんでもいいんじゃないかな。


「……いっそのこと、真正面から俺と決闘しろって言ってみた方がいいか?」

「それはそれでありだと思うが……勝てるのか?」

「勝つしかないでしょう」


 戦争の神なんて言われている存在と、ルール無用で戦ったらそれこそ勝てる訳がないんだから、こちらで少しでもルールを決めることができる状態に持っていく方がいい。そうなると……必須条件は俺とガンディアの一騎打ち、もしくはそれぞれ代表者を決めての3連戦とか。ただ、こちらが戦いを挑む側だから……ある程度譲歩しないといけないのはこっち側なんだよな。


「失礼」

「ん?」


 頭を抱えながらどうするのか考えていたら、いつの間にか後ろにいた騎士風の男性に喋りかけられた。もしかして……さっきまでの会話が聞こえてて、俺たちを殺しに来たか?


「そう身構えないで頂きたい。私は戦争の神ガンディア様から「アイン」の名を与えられた騎士……ガンディア様が、貴方様に会いたいと言っております」

「は?」


 すぐに振り返ってふんぞり返っているガンディアの方へと視線を向けると、この距離でも挑発的に笑いを向けてきているのが見えた。いつから気が付いていたのか知らないが……まさか向こうからコンタクトを取ってくるとは思わなかった。


「……いいだろう」


 はっきり言って、俺たちの存在を知られることは死活問題だ。しかし、見方を変えればこれはチャンスであるとも言える。なにせ、なんの警戒もされる必要なくガンディアに直接会うことができるんだからな……奴の真意を確かめるのは、その時でいい。

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